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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第70話 呪いを込めたプレゼント 円盤生物 ブラックテリナ 登場! 「あれが、王党派とレコン・キスタの全軍……二十万は軽くいるっていうけど、 あらためて見るとすさまじい数だわね」 王党派の陣営から見て、左後ろに一リーグほどの距離に位置する草原の上に、 今ルイズたちは立って、眼前で生き物のようにうごめく人間の大集団を眺めていた。 すでに、太陽は高く昇り、空の上からじりじりと彼女たちを照らしてくる。 さらに草原の先を見渡せば、二日前にミシェルが必死で脱出してきて、すでに ヤプールの尖兵になり果ててしまったウェールズがいるであろう小城がそびえ立っている。 早朝一番で出てきたが、これを見れば眠気も覚めようというものだ。 「さて、とりあえずはこの道をまっすぐ行けば、平民が働かされている後方陣地まで 行けるのよね」 「そういうことだな、にしても、こんなにたやすく近づけると思っていなかった。 途中で検問を突破することも考えていたのだがな」 キュルケの問いに、アニエスは嘆息して答えた。途中、いくつか王党派の 監視所があると思い、強行突破の可能性も考慮してやってきたのだが、 実際は見張りの兵士が数人いるだけで、王党派に協力したくやってきた 義勇兵だと説明すると、あっさりと通されてむしろ拍子抜けしていた。 だが、それゆえに逆に不自然ではある。これだけの規模なのだから、徴用した 平民や逃亡兵を逃がさぬために、第一間諜や破壊工作員が侵入してくるのを 防ぐために街道は厳重にかためられていると思うのが普通だが、その手の 気配はまったくなく、ほとんど自由通行に近かった。 「何か、逃亡者を出さない自信があるのか、それとも何か別に理由があるのか……」 アニエスのつぶやきには、不吉な色がありありと漂っていた。ヤプールが からんでいるとなれば、単純に戦争の勝敗をつけさせようなどということは ないだろう。始まる前か、戦闘中に何かが起こる。その可能性は極めて 大きかった。 「ですが、考えていても始まりません。ともかく、潜入して話を聞いてみましょう」 皆の迷いを吹っ切るようなミシェルの言葉に、アニエスもそうだなとうなずいた。 ちなみに、今ミシェルはまだ立ち上がれるほどに回復していないために、 才人が背中におんぶしている形になる。もちろん、怪我人が戦場に行くのは 不自然であるし、銃士隊の制服のままでは目立ちすぎるので、戦場に行く家族に 会いに行くとかなんとか理由をつけて、アニエスともども銃士隊の制服から、 村で拝借してきた村娘の衣装を身に着けている。 「ミシェルさん、具合は大丈夫ですか? なんなら、もう少し静かに歩いたほうが」 「いや、気遣いありがとう。もうだいぶ傷の痛みもひいた。これも、お前のおかげかな」 「そんな、おれはそんな超能力みたいなことできませんよ」 ミシェルも、今ではすっかり元気を取り戻していた。肉体は傷ついたままでも、 良心に恥じることなく信じられる理想と、心から信頼できる仲間を手に入れて、 彼らとともに歩めるという喜びが、彼女をずっと強く立ち直らせていた。 ただ、才人の背中にしっかと抱きついているミシェルを見て、不愉快極まりない のも一人いたが。 「なによなによ。ベッタベタしちゃって……あんなにぴったりくっつくことないじゃない」 黒いオーラというものが人間の目に見えたら、ルイズの周りには黒炎のように みなぎっているのが見えただろう。まぁ、おぶさっている以上、くっつかないわけには いかないのでルイズの言い草は言いがかりもはなはだしいのだが、そのおかげで ルイズに持たれているデルフリンガーが、例によってつばで軽快な金属音を鳴らしながら笑った。 「ひっひっひっひっ……あいーかわらずおもしれえねおめえさん。相棒が、ほかの 女の子といっしょにいるのが我慢ならないんだな? しっかもあんなにぴったり くっついちゃって、幸せそうだねえ」 「溶かすわよ……た、たかが使い魔が誰といようと、ど、どうでもいいわよ。それに、 これはトリステインの平和を守るためだし、怪我人をそのままにしておけないじゃない」 「ずいぶん声が震えてるねえ。けどよ、うらやましいならうらやましいって言えば いいじゃねえか」 「だ、誰がうらやましいですって! そ、そりゃあ……そりゃあ……けど、サイトも サイトよ、デレデレして……」 だめだこりゃと、デルフは歯をガチガチさせているルイズの顔を見上げて思った。 とはいえ、ルイズの気持ちもわからないでもない。 「お前の背中は広くて居心地がいいな。でも、落ちないようにもっとつかまらせてもらおうか」 「わっ! あ、あの、そんなにぎゅっと抱き疲れると……あ、あたるんですが」 「ん? なにがだ」 「だ、だから……その胸が」 無邪気な笑みを浮かべながら、首筋に吐息があたるほどにミシェルに背中に しっかと抱きつかれ、才人は顔を真っ赤なしながら照れまくり、それをルイズは 殺気で人を殺せるなら即死間違いなしといった視線で睨みつける。 なにせ、ミシェルはこれまではずっと銃士隊副長と、間諜としての重圧で 目を鋭く尖らせて生きてきたが、その重荷が取り払われた今は、青い髪を 短く刈りそろえたボーイッシュな容貌と、なにより表情から険が取れてやわらかく なったのがあいまって、はっきり言ってものすごく可愛くなっていた。 それに、ルイズがなにより我慢できなかったことだが、これまで鎧に隠れて わからなかったとはいえ、ミシェルは実はキュルケと同クラスのバストサイズの 持ち主で、しかも鍛え上げられて引き締まっているので、全体のバランスで いえばシエスタやティファニア以上かもしれず、そんなグラビアモデルの ような美人に薄着で抱きつかれている才人はたまったものではなかった。 「あ、あの、もう少し離れていただけますか?」 「ん? 離れたら落ちてしまうぞ。何か不具合があるのか?」 「そ、そりゃ……胸が、当たるから」 「いいじゃないかそれぐらい。減るものじゃなし」 おまけに、長いこと男を寄せ付けずに生きてきたから、自分の魅力について 無頓着なところも、ある意味たちが悪かった。前に地下貯水槽の崩落で才人に かばわれたときは、防衛本能で動揺していたが、もう才人に対しては抵抗が まったくなくなったようだ。 なお、補足しておくと、自分の感情をもてあましているのは才人も似たような ものだった。元々彼は地球にいたころから、ろくにもてたことはなく、バレンタインでも 収穫はゼロだっただけに、これまで傍から見たら呆れるほどわかりやすい好意を 自分に向けるルイズにしても、「こんな美少女がおれなんかを好きなわけがない!」 と、強迫観念に陥ってしまい、仲が進展しないのだが、自分の気持ちを プライドで押し殺して、反対の態度をとってしまうルイズと違って、甘える子猫の ような無邪気な愛情を、しかも年上の美人にぶつけられると、それだけで 心臓の鼓動が生まれてはじめての感覚にファンファーレをあげている。 そんな、純情極まりない二人を、キュルケはルイズからも距離をとって興味 深げに眺めていた。 「こりゃあまあ、ルイズもとんでもない伏兵が現れたもんね」 苦笑しながら、キュルケはルイズの相変わらずの初心さ加減に呆れていた。 キュルケとルイズの実家は、何十世代にも渡る敵同士、特に男女関係に ついての因縁は深いが、キュルケとしては、もはや勝って当たり前の勝負を ルイズに挑もうとは考えていない。才人のことをダーリンと呼んで、今でも ときたまアプローチをかけてはいるが、それはいつまで経っても進展のない 才人とルイズにはっぱをかける意味合いが強く、友情はあっても恋愛感情はない。 というわけで、ルイズにとって現在恋敵といえるのはシエスタぐらいだったの だが、シエスタは戦闘になると離脱せざるを得ないので、事実上一番いいところで ルイズは才人を独り占めできていたのだが、これは今後うかうかしてられない かもしれない。 「ただ、それこそ見ものかもしれないけどね……うふふふふ」 楽しくなりそうだと、キュルケは好奇心全開でほくそえみながら、どちらを 応援すべきかなと迷っていた。 もっとも、その肝心のルイズといえば。 「あああ、あいつ……がぎぎぎぎ」 そろそろ言葉にすらなっていない。対して、ミシェルは今の状況を最大限に 利用して、ほおを摺り寄せられるほどに才人に顔を寄せている。 「サーイト」 「な、なんですか?」 「ん、なんでもない」 この上なく幸せそうに、ミシェルは才人の背中でまどろんでいた。確かに、 今世界中で一番ミシェルが安心できるところは、才人の背中の上に違いない。 幼い頃に両親を失い、誰かに甘えるなどということができなかった彼女は、 ようやく取り戻した安心感のなかで、もし今才人が直視したとしたら、一発で 心を奪われたかもしれないような、明るく優しい笑みを浮かべていた。 本当に、笑顔は女性にとって最高の化粧とは、昔の人はうまいことを 言ったものだ。それに引き換え、嫉妬に燃えているルイズのほうは、 せっかくの美少女ぶりが台無しになっている。しかも、才人に手を出せば 間接的にミシェルにも怪我をさせてしまうために、アニエスに「自重しろ」 と言われてしまったために、何も手出しができないのも、ルイズの フラストレーションを増大させていっていた。ただ、いくら不愉快に思ったとしても、 「やっぱり死ねばよかったのに」などとは絶対に言わない。それが、 人間としての節度であった。 信じられないことに、着いてみると王党派の後方陣営は、彼らが想像していた のとはまったく異なっていた。 「こりゃ、まるで市場だな」 そこは到底これから戦場になるのだとは思えない平和さで、食事を出す屋台や、 武器屋や衣料屋に、床屋や無料の医院、簡易の教会に、さらに驚いたことには 託児所までがあった。そこを、あちこちの街から集められてきたと思われる人々が、 雑多に歩き回って、商品を売買したり、前線で使うと思われる食料品や武器を 輸送していたりと、働かされているには違いないが、その労働環境は整えられており、 聞いたところでは給金まで出ているそうであった。 「なるほど、これなら逃げ出す心配なんかはまずないってわけか」 一個の街とさえ呼べる、そのいたれりつくせりぶりに、ブラック星人の言動から、 徴用された人々は強制労働させられているものと思っていた一行は、予想外の 快適さに目を白黒させるしかなかった。 「ミシェル、お前三日もあの城で足止めされていたのにわからなかったのか?」 「あ、いえ……私はすぐに城に向かいまして、それで私のいたところからでは、 遠くてよくわかりませんでしたので」 申し訳なさそうにミシェルが弁解するが、戦場というと過酷なものという 先入観があるために、実際に近くで見ないとわからなかっただろう。 「しっかし、これじゃほんと小さな町だな。後方支援は大事だっていうけど、 王党派ってのは金あるんだなあ」 才人は、ロングビルが買ってきてくれた、串に刺したフランクフルトソーセージを かじりながら、金持ちのやることは次元が違うなあと感心していた。 けれど、戦略的な面から見れば、後方でこれだけの豊かさがあるということは、 前線の兵士たちには絶大な安心感を生むだろう。実際、地球での二次大戦時の アメリカ軍などでは、基地内や輸送船内などに映画館まであったくらいだ。 おまけに、これだけの人間がひしめいていながら、治安がよくて、盗みや 暴力沙汰はほとんど見えず、あってもすぐに兵士がとんできて、犯人を 連行していってしまった。これではトリステインの市街よりも安全に見える。 「そこで聞いた話では、何百年にも渡って王家が埋蔵してきた財宝を、この内戦に 勝利するために一気に吐き出したそうですわ。で、内戦に勝ったあとは、 反乱に組した貴族の財産をすべて没収して、国政を立て直すんですって」 「なるほど、ウェールズは操られても、その下の政治家や軍人はまとも ということか」 表面上でウェールズが、勇猛で高潔な皇太子を演じていれば、彼の 虚名に引かれて能力のある人間も集まってくるのだろう。さらにそれらの 人間が成果をあげれば、ウェールズの人望もさらに上がり、まさかとうに ウェールズが洗脳されているとは、誰も気づかないというわけだ。 「これでは、城に乗り込んだところで、気が触れてると思われるか、 こっちが間諜あつかいされるのが関の山だな。さて、どうしたものか」 城を見上げて、アニエスはため息をついた。兵士もヤプールに洗脳されている ならば、それを証拠に突破のしようがあるが、ウェールズ以外は正気ならば 文字通り必死の抵抗にあって、ウェールズにはたどり着けない。 まったく、悪辣この上ないものだ。これでは、竜の頭が蛇に摩り替わっている ようなもので、兵士たちは自分たちを滅ぼそうとするものを、知らずに 命がけで守らされている。 それについては、才人やルイズたちも同感で、腹立たしさを覚えたものの、 かといってウェールズのいる本城へ乗り込むのは無謀でしかないのは 彼らもわかっており、ルイズは昔母から教えられた戦術の基礎を思い返してみた。 「竜騎士を落とそうと思えば、まず竜の羽根を撃てというわ、ウェールズに手を 出せなくても、この陣地にも何かしらの陰謀の準備がされているかもしれない。 手分けして、なにか怪しいものがないか探しましょう」 才人たちは、そのルイズの口から出たとは思えない道理に合った戦術に驚いた。 なにせ、これまでルイズの戦法といえば、今でこそ言わなくなったが「背中を 見せない者を貴族というのよ!」の言葉どおりに、ひたすら無謀な突撃を おこなうばかりだったのだ。 「なによ、わたしが戦術を主張しちゃおかしい? 単なるお母様の受け売りよ。 けど、間違っちゃいないと思うけど」 「い、いや……そのとおりだと思う」 慌てて訂正する才人らを見て、ルイズはむずがゆい感じを持っていた。 彼女とて、『烈風』と恐れられた母の教えを忘れていたわけでも、軽視していた わけでもないが、ずっと魔法を使えずにいたことで激しいコンプレックスを 味わってきた彼女は、その反動から名誉欲が先行して、とにかく成果を あげたいと焦り続け、冷静な判断ができずにいたが、長い才人たちとの 触れ合いで少しずつ心に余裕が生まれ、それにタルブ村で、ずっと超える ことのできない大きすぎる壁として立ちはだかってきた母にも、今の自分の ように未熟に苦難した時期があったのだと気づかされ、自分がなにを するべきかだけではなく、自分にはなにができるのかと考えはじめる ようになっていた。 アニエスは、そんなルイズの案を吟味しているようだったが、ほかに 妙案も思いつかずに、今はリスクの高い行動をとらないほうがよいだろうと、 その策を採用することにした。 「よかろう。それでいこう、分担は、北東は私、北西はミス・ロングビル、 南東はミス・ツェルプストー、南西はサイト、ミシェルとミス・ヴァリエールだ」 とりあえずは順当な組分けとあいなった。北東と北西は前線との境目で、 支援部隊と兵士たちが入り混じっていて、調査が専門の二人が行く ほうがよく、南東は慰問街ができていてキュルケの独壇場、残る南西は 今いるところで、徴用された平民の宿泊する仮設家屋などがある 比較的安全な場所だ。 「では、二時間探索して、その後はまたここに集合だ。厳命しておくが、たとえ 何も収穫がなくても戻っていること、いいな」 一同はうなずき、自分こそが手がかりを見つけてきてやると意気込んだ。 とはいえ、後方陣地だけでも二万人はいるのだ。人を隠すには人の中と いうように、これでは怪しい奴が何人か紛れ込んでいても、簡単には わからないだろう。 「ようし、じゃあいくわよサイト、ぐずぐずすんじゃないわよ」 「はいはい。わかりましたよ」 真っ先に飛び出していこうとするルイズを、才人はやれやれと思いながら 追いかけようとしたが、その前にロングビルがちょっと待ってと呼び止めた。 「お金が少しはないと困るでしょう」 そう言って、いくらかの小銭を才人に手渡した。ルイズに渡さなかったのは、 平民と金銭感覚のズレがまだひどいからだが、金貨と銀貨を数枚混ぜて 渡されて、「こんなにいりませんよ」と返そうとしたら、「情報収集にはそれなりの 代償も必要なんですよ」と、さすが元盗賊らしい言葉を聞かされて、なるほどと思った。 が、それにしてもロングビルも、ここは昔自分から貴族の地位と家族を 奪い取った憎き王族のお膝元だというのに、よく協力してくれて感謝しても したりない。けれど、そのことを聞くと、彼女は微笑しながら。 「こんな時期に、何年も前に取り潰された家の娘一人のことを思い出すような 酔狂な人はいないでしょう。それに、アルビオンはこんなところでも私や テファの故郷です」 テファや子供たちのためならば、自分一人の怨恨にこだわっていても 仕方がない。それに、未来だけでなく、彼女自身のものも含めてたくさんの 大事な思い出がこの地には眠っている。地球人も、地球を守るためには 命を懸けてきたように、ロングビルにもまた、故郷を愛する思いはあった。 「わかりました。では、無駄遣いせずに使わせていただきます」 「はは、そうしゃちほこばらなくても、おやつくらい買っていいわよ」 そう言われると、たった今食べきったばかりのソーセージの味が恋しくなってくる。 熱々の肉汁たっぷりに、マスタードをかけた味は、屋台で買ったものとしては この上なく、すぐさま注文に走って、ついでにみんなの分も買って戻ってきた。 「はい、皆さんもどうぞ」 「おっ、悪いな……ん、なんだこれは?」 アニエスは、渡されたソーセージの袋の中に、菓子のおまけのような小袋が ついているのを見つけて、それを破ってみると、中から手のひらサイズの ピンク色の貝殻が出てきた。 「ああ、それですか? なんでも、幸運を呼ぶお守りだとかなんとかで、買い物を した人にはおまけでついてくるみたいです。まあ、きれいだし、いいんじゃないですか」 「ふむ、そういう趣味はないのだが、まあもらっておくか」 なにげなく、アニエスはその桜貝に似た貝殻を懐にしまいこみ、キュルケや ロングビルも、捨てるのも悪いし、とりあえずきれいだからタバサやテファへの お土産にしようかとポケットに入れ、ミシェルも才人から受け取った。 しかし、ルイズだけはなんとなく、その貝殻を見回していた。 「どこかで見たような気がするのよね……」 はっきりとは思い出せないが、つい最近のように思える。けれど、よい香りを ただよわせるソーセージの魅力には効しきれずに、とりあえずポケットに 入れると、そのまま食欲に身をゆだねた。なにせ、各人、歩いて腹が減って いたので、渡されたソーセージに遠慮なくかぶりついていく。 「うん、うまい。このソーセージは極上だな」 「そうね、平民の店にしてはいい出来ね。おいしいわ」 「今度シエスタに作ってもらおうかしら、タバサにも食べさせてあげたいわ」 まずは、一仕事前の腹ごしらえというわけか。皆、それぞれ夢中になって ぱくついている。 なお、才人におんぶされたままのミシェルは、肩越しに才人に食べさせて もらっている。あーんと言いながらソーセージに食いつく姿は、まるで 子供みたいだが、今本人は羞恥心より幸福感が圧倒的に勝っていた。 天国から地獄という表現はよく使われるが、地獄から天国とはまさに このことだろう。これは帰ってもおいそれと部下たちに見せられんなと、 アニエスは苦笑したが、泣き顔やしかめっ面を続けさせておくよりは よほどいいと思って、そのままにしておいた。 しかし、当然のごとくルイズはどんどん顔を不愉快にしていき、しまいには 串を噛み砕いてしまった。 「このエロ犬が……なにが、あーんよ」 殺気を込めたつぶやきがルイズの口から漏れるが、幸か不幸か周囲の 喧騒のせいで才人の耳には届かなかった。 さて、才人と、彼の垂らした蜘蛛の糸のおかげで地獄からサルベージされた、 もう少女と呼んでいいほどに青春を取り戻した娘は、ルイズのそんなダークな 台風注意報に気づかずと、気づく気もなく、傍から見たらソーセージ以上に 熱々な雰囲気を漂わせていたが。 「あっ、もうなくなっちゃいましたね」 「うん、残念……そうだサイト、お前のを一口くれないか?」 「え、いいですよ。おれはもう二本目ですし」 と、才人が半分くらい食べていたのを、ミシェルがぱくりといただいて、 それが才人は無自覚だが間接キッスになっているので、ルイズが歯軋りをして キュルケがほくそえむ。 ギーシュなどが見たら、「君もたいしたものだな」と感心するかもしれないが、 あいにく才人は経験が圧倒的に不足しているために、まだ恋や愛というものが なんなのかすら、よく理解できておらず、女心というものが相対性理論以上にわからない。 けれど、そんな純粋な才人だからこそ、大貴族の娘や、天涯孤独の身の上で、 人を疑って生きてきたルイズやミシェルは安心して好意を持てるのかもしれない。 まじりっけの無い、裏の無い、純粋な優しさ、それはこれまで打算から仮面の 笑顔で近づいてくる男ばかりを見てきたルイズやミシェルから見たら、とても まぶしいものであっただろうから。 とはいえ、それゆえにアニエスやキュルケから見たら、才人はまだまだお子様 なので、保護対象や友達から恋愛感情に発展せず、まがりなりにも恋愛と 呼べるのはルイズと、あとはシエスタくらいですんでいたのだが、これは 才人はとんでもないパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。 アニエスは、しばらくしらけた表情でその突発性の愛憎劇を眺めていたが、 やがて大きく息を吸うと。 「もういいからさっさと行け!!」 「はいいっ!!」 クモの子を散らすように、一同はそれぞれ三方に駆け出していった。 そして、四方に散った一同は、慣れているものはそれなりに、慣れないものは 手探りで、怪しい物資や施設がないか、見回ったり聞き込みをしたりして 調査をおこない、やがて二時間後に元の場所に全員集合していた。 「よし、全員そろってるな。では、それぞれ結果を報告してもらおうか」 アニエスがまとめ役となって、それぞれの報告を頭に叩き込もうと準備する。 周りには大勢人がおり、話し声は隠されもしないが、こういう雑踏の中の ほうがかえってひそひそ話もばれないものだ。 「よし、それではまず……と、その前に、サイト、なんだその買い物袋いっぱいの貝殻の山は?」 ちらりと、アニエスに細目で睨まれて、才人たちがギクりとしたのをアニエスは 見逃さなかった。 「あ、これですか? 屋台のオヤジさんに、ここで妙なことはなかったか聞き込んで いるうちに……ゲップ」 「まさかと思うが、食い歩きをしていただけではあるまいな」 才人たち三人の顔に、冷や汗が流れた。 「いえ、そんなことはないですよ……けど、どこの店もおいしくて、つい、なあルイズ」 「え、ええ。ちょ、ちょっと寄り道してただけよ。ちょ、たった一〇件くらい」 その瞬間、アニエスはキレた。 「大馬鹿者! この非常時になにを考えてるんだお前たちは! ミシェル、お前が ついていながらなんだこの有様は!」 「す、すいません、まじめにやるつもりだったのですが、なにかいつの間にやら みんなどうでもよくなっていて」 「誰が逢引をしにいけと言ったんだ! で、それで収穫は?」 「あ、出店ではどこでもこの貝殻をくれたんですが、結局なんの貝殻なのかは 誰も知らないんですって」 「だからどうした!? もう邪魔だからさっさと捨てて来い!」 「はいぃっ!」 慌てて駆け出す才人とルイズに、アニエスたちはやれやれと頭を抱えた。 元々、調べごとにはド素人の彼らにはほとんど期待をしていなかったが、 ほんとにもうとしか言いようがない。おまけに、ミシェルがついていればフォローも できるだろうと思ったが、夢見心地で完全に仕事を見失っている。 「ミス・ツェルプストー、なんとかならんのかあれは?」 「なりませんわね。恋心というものは、自分で制御できるような代物じゃ ありませんわ。特に、ミス・ミシェルのあれはどうみても初恋ですわ。 わたくしにも覚えがありますけど、あのときはもう、わたしがわたしじゃ なくなりましたもの。ミス・アニエスにはご記憶はなくって?」 「そんな軟弱なものに興味はない」 そっけなくアニエスが答えると、キュルケの口元がいやらしく歪んだ。 「あら、お気の毒、ということは部下に先を越されちゃったってわけですわね」 わざとらしく、語尾にざますとつけてもいいくらいに、宮廷の老婦人のような しぐさで呆れたしぐさをとられると、さすがにアニエスも反論しなくては 収まらなくなる。 「どうせ、いずれ私は王女殿下と国のために真っ先に命をささげる。男など 作っている暇はない!」 「あら、だったらわたくしの母も、祖母も、曾祖母も軍人でしたけど、立派に 恋愛の上で家庭を持って、わたくしもそれに習うつもりですわよ」 「だったら私が、母となる者を百人守りたおして死ねば、それで元はとれるだろう」 この頑固者めと、キュルケは心の中で、アニエスの意外な幼稚さを笑った。 くしくも、アニエスの言い訳のそれは、三〇年前にカリーヌが佐々木に言った ものと同一だったのだが、あのカリーヌでさえ子供がいるんだから、アニエスに だけ恋ができない道理があるまい。 「まあ、なんといったって、男はいずれ父に、女はいずれ母親になるものですわよ。 ただ、彼女の場合は、十年も心を閉ざしていたから反動がすごいんでしょう。 しばらくすれば落ち着くと思いますわ」 キュルケは苦笑しながら、そういえばタバサも、父が死んで花壇騎士にされる 以前は明るい性格だったそうだと聞かされたのを思い出し、いつか彼女にも 元のように笑えるようになってほしいと思った。 「ま、恋は盲目っていいますし、ね」 「それにしても、なあ」 アニエスにしても、ミシェルが新しい生き方を見つけたのはいいが、少々いきすぎの 感があると思わざるを得なかった。これはどうも、傷が治ったら鍛えなおしてやらねば いかんなと、前途に多難なものを感じていた。 「やれやれ……それで、ミス・ロングビルのほうはなにか収穫がありましたか?」 息を切らせながら才人たちがゴミ箱から戻ってくると、気を取り直したアニエスは 次にロングビルに話を聞くことにし、問われたロングビルは懐から小さな鉄砲を 取り出して見せた。 「兵士に話を聞いてみたんですが、最近軍全体に新式の武器が支給された そうです。その一つをちょっと拝借してきたんですが」 「ふむ、見たところ新しい以外には、特に不自然なところはないようだが?」 「ええ、けれどおかしいところは、同列のまだ使える武器まで根こそぎ、 有無を言わさず無理矢理交換させられてしまったそうです。兵士たちには、 愛銃を取り上げられて、不満を漏らしている人が何人もおりました」 「それは確かに変だな……けれど、どう見てもただの銃だが」 アニエスは、手の中でその銃をくるくると回して眺めていたが、何度見ても どこの軍隊でも普通に使っているような拳銃で、妙な点は見当たらなかった。 だが、そのとき才人はその銃のグリップに、歪んだ赤い三角形の中を 銀色にくりぬいたような、妙なエンブレムがついているのを見つけて アニエスに伝えた。 「なに? 確かに……なんだ、銃の工廠のマークかな。確かに見たことは ないが、銃に自分の工房のマークをつけるのは、別に珍しいことではないぞ」 彼女はそれで、その銃への関心を打ち切った。考えてもわからないものは わからないし、まだまだ聞くべきことはあったからだ。しかし、才人はまだ ひっかかるものを感じていた。その奇妙なエンブレム、前にどこかで見たような 気がしてならなかったのだ。 「次は、ミス・ツェルプストーか」 呼ばれたキュルケは、勇んで自分の成果を公表していった。 彼女は酒場で、休息していた兵士や商人などから情報を得ており、その 手段はルイズを閉口させたが、得た情報の密度は三人組より格段に濃い ものであった。 まず、兵士たちの士気ははなはだ高く、特に食料事情が極めてよいために 誰もが健康で、勝利を疑っていない。 また、商人からの情報では、軍の上層部からの命令で、大量の武器を 仕入れて兵士たちに供給したのだが、その武器の出所である工房が いまいちはっきりとしない。しかも八万人分の武器であるから、莫大な 量になるはずなのに、その供給は一度として遅れたことはなく、それに 軍から指示された、その工房以外からの仕入れは固く禁じられたという。 そして、それらの補給及び兵站の一切を取り仕切っているのが、 ここ数ヶ月のあいだにいつの間にかウェールズ皇太子に取り入っていた 老将で、参謀として辣腕を振るっているが、その出身は誰も知らない のだという。 「その参謀、怪しいな」 才人がつぶやいたのに、全員が同意した。洗脳されたウェールズの すぐそばで活躍する、出所不明の名軍師というだけで、すでに黒に 限りなく近い灰色といえる。 そして最後に、アニエスが調べてきたことを公表した。 「私はレコン・キスタ陣営のことを聞き込んでみたのだが、どうも向こうのほうも、 ここ最近新式武器の購入や、兵力増強をおこなっているらしい」 「なんだ、それならこちらと同じじゃないですか」 「まあそうだが、話は続きがある。知ってのとおり、レコン・キスタ勢は 今王党派陣営に押されている。よって、財源もこちらに比べてとぼしい はずなのだが、食料や武器弾薬などの補給に滞りはまったくないそうだ。 しかもだ、こういうときはどちらかが体勢が整う前に打って出るのが 普通なのだが、何度もその気配はあったが、そのたびに突然雨が 降ったり、指揮官がいきなり倒れたりとトラブルがあいついで中止に なったそうだ。両方の陣営でな」 それはなんとも作為的だと、一同は思った。ヤプールだったら、雨を 降らすことや、数人の人間を病気に見せかけて倒すなど造作もないことだ。 これで、ヤプールがレコン・キスタ陣営にも根を張っていることと、同時に どちらの陣営も戦力を蓄えさせ、それが最大限に達するまではぶつけまいと していることは、この情報で読み解くことはできた。 ただし、これらの証拠から、最終的にヤプールがなにを企んでいるのかまでは 洞察することは無理だった。単純に考えれば、両軍の戦力を集められるだけ 集めさせて、二十万人に壮絶な殺し合いをさせようかとしているのかと 思えるが、あの悪辣さでは他の追随を許さないヤプールが、そんな簡単に 思いつく方法を使うとも思えなかった。 「出所不明の大量の武器、謎の参謀、同じ行動をとるレコン・キスタ、 大兵力……わからんな」 どうにも、証拠が不足していると思わざるをえなかった。とはいっても、 ヤプールのやることを人間の常識で察知しろ、というほうがそもそも困難なのだ、 仮に、空がガラスのように割れたり、牛のたたりで人間が牛人間に 変えられるなどといった話を人にしてみたら、おとぎ話の見すぎと笑われるのが 関の山だろうが、現実にそういうことを起こせるのがヤプールなのだ。 ただし、まだなにか見落としていることがあるのではないかということは、 この中の全員が共通して思考していたが、それをノーヒントで見つけるとなると、 とほうもない時間と労力が必要となり、残念ながら悠長に調査を続けるだけの 余裕はなかった。 「こうなったら、直接軍主力に潜り込んで調べるしかないか」 「ですけど、さすがに前線は軍関係者以外は締め出されるでしょう。 女子供ばかりの私たちなんて、門前払いですよ」 ロングビルが、根本的な問題を提示すると、一同はそろって頭を抱えた。 見回せば、ここに戦場にいて不自然ではない人間は一人もいない。 「こうなると、平民に変装したのが痛いな。ルイズもキュルケも、今は 村娘のかっこしてるし」 「ふん、だからあたしはこんなみすぼらしい服を着るのはイヤだって言ったのよ」 「いまさら言っても仕方ねえだろ。どうしたもんかな、こっそり潜り込む にしても、こんなかっこじゃ軍隊の中じゃ目立ちすぎるしな」 才人はこんなことなら、軍服を調達しておけばよかったと思ったが、後悔先に立たずである。 けれどそのとき、彼女たちの視線の先に、鎧がこすれるうるさい音をたてながら、 えっちらおっちらとやってくる、目に見えて新兵ばかりと思える一団が入ってきた。 「ひい、ふう、みい……ちょうど六人か、悪いが、彼らに協力してもらおうかな」 アニエスが横目でキュルケに目配せすると、彼女は水を得た魚のように、 一瞬妖絶な笑みを浮かべた。むろん、アニエスが言わんとすることは、 ルイズたちにも伝わって、ルイズはいやな顔をしたが、かといって代案が あるわけでもなかったので、それに従った。いやむしろ、不満の原因は、 なぜ実行役がキュルケで、自分ではないのかということであったが、 その理由を考えるのは屈辱的すぎるので、それよりも新兵たちの先回りを するために、先頭きって走り出すのを選んだ。 さて、そんな企みに気づくこともなく、えっほ、えっほと新兵たちは 着慣れない鎧に振り回されながら、彼らにとっては初陣になる戦場へと 遅れまいと急いでいたが、人通りのないところで、連立している小屋の隙間の 暗がりから、扇情的な声と共に、なまめかしい女性の生足がヘビのように 這い出てきて、彼らは一様に足を止めて、それに見入ってしまった。 「ねえーん、そこのお兄さんたち、ちょっとよろしいかしら?」 「な、なんでありましょうか?」 スカートを太ももまでめくり上げて、上着の胸元を開けて、上目使いに 話しかけてくるキュルケに、一応メイジであるみたいだが、純朴そうな 顔をした少年兵が、トマトと見まごうばかりに顔面を腫れ上がらせて、 無価値な敬礼をしながら答えたのは、むしろほほえましかったかもしれない。 「あたし、急にお友達たちが行っちゃって、さびしくてたまらないの、 お願い、あなた方で慰めてえ」 「も、もうしわけありませんが、我々は軍務が……」 「五、六人くらい、抜けてもわからないわよ。それよりも、ね、この奥、 み、た、く、な、い?」 「……!」 その後のことは、彼らのささやかな名誉のためにも伏せておくべきで あろうが、その後暗がりの奥から何かをぶっつける音が複数した後で、 その中から、入っていったのとは別の六人組が出てきたことで、 経過は明らかであった。 「大成功」 鎧兜を着込んだ才人が、Vサインをしながら言った。彼に続いて、 同じように装備を整えたアニエス、キュルケ、ロングビルが現れてくる。 古典的な手段だが、この手にひっかかる男は、恐らく人類の歴史上、 絶えることはないだろう。 「これで、とりあえず怪しまれはしないだろう。しかし、情けない男どもだ」 「あの子たち、少々お子さま過ぎましたから、この『微熱』の前に立つには、 あと十年は必要ですわね」 装備を剥ぎ取られた少年たちが聞いたら、女性不審に陥りそうな ことをしゃべりつつ、キュルケは意外と様になっている鎧を鳴らしながら 笑っていた。 だが、一番サイズの小さい鎧をつけたにもかかわらず、サイズが大きくて 寸詰まりのロボットのようになってしまったルイズが抗議した。 「ちょっと! なんでわたしまでこんな鉄くずを着なきゃならないのよ!」 「仕方ないだろ、メイジの衣装は一着しかないんだから」 そう、一人分だけあったメイジの服はミシェルが着てしまったために、 やむを得ずルイズは雑兵の鎧を着るはめになってしまったのである。 「ならちょっとあんた、その服わたしによこしなさいよ!」 「無茶言うな、兵士がメイジを背負えばかっこうもつくが、兵士が兵士を 背負っていれば不自然すぎるだろう」 ミシェルに言い返されると、ルイズは歯軋りしながら才人を睨んだ。 もっとも、本当に兵士のかっこうが嫌だったのか、それともミシェルを 才人の背中から下ろしたかったのかはさだかではない。 というわけで、一種異様な雰囲気となってしまった一行は、周りから どう見られているとか考えずに、最前線の陣地へと潜入していった。 しかし、才人たちが広すぎる陣地の中で、陰謀の尻尾を掴みえずに 苦難しているころ、二つの陣営では、彼らの予想を上回る速度で事態は 進行しつつあった。 戦場を遠く離れたアルビオンの首都ロンディニウムでは、クロムウェルが 時期が早まったことを、秘書であるシェフィールドとは別に囲っている 一人の専属のメイドに命じていた。 「予定が早まった。サウスゴータにいるお前の九番目の姉妹に命じて、 行動を開始させよ」 うやうやしく会釈したメイドが、ほかのメイドとまったく違わないしぐさで 退室していくと、次に彼は、先日王党派陣営からやってきて、今は トリステインの内情を知る協力者という立場で、壁際でふてぶてしく 構えているワルド、だったものに命令した。 「さて、これで両軍は都合のいい形でぶつかり合うことになる。そして、 これまで仕込みを続けていた”あれ”も動き出し、作戦も最終段階だ」 「ええ、長いお芝居ご苦労さまでした。ですが、おそらくはまた、奴が 妨害しにくるでしょう」 奴とはいったい誰をさすのか、二人にとってその名を出すのも忌まわしかったが、 同時に現実から目をそむけるわけにもいかなかった。 「だから、保険をかける意味でも、我々はもうしばらく茶番劇を続けなければ ならん。下の階にいる、王様きどりの人間どもの相手はまかせた。 精々明るい未来を聞かせて安心させてやれ、こちらは人形遣いの つもりでいる小娘の相手をしてやらねばならん。うまく乗せてやれば、 漁夫の利を狙ってやってくる、きゃつらの国の軍隊も使えるかもしれんからな」 「布石のために、努力は怠らないというわけですか、そういう地道な ところはあなたらしい」 「ふふ、お前こそ、今度は寝ているあいだに手袋を外されないようにな」 クロムウェルは、口元を醜くゆがめて、ワルドに笑いかけると、これから どうせ手際の悪さをなじってくるシェフィールドの嗜虐心と優越感を満足させて やるために、小人の皮をかぶって、頭を下げながら別室で待っている彼女の 元へと歩いていった。 同時刻、王党派陣営でも、ウェールズが突然幕僚たちを招集して、 決戦を一日早めると通告していた。 「わが参謀の情報によれば、敵軍は本日午後を持って、奇襲をかけようと しているようである。よって、我々はこれを利用し、逆撃をもって敵軍を 撃破し、余勢を持ってロンディニウムを叛徒どもから奪還する!」 並居る名将、名政治家を前にして、英雄ウェールズの勇壮で気高く、 壮麗な演説が響き渡り、人間たちの理性を麻痺させていく。 彼らの中にも、不自然な硬直状態をいぶかしむ者もいるが、勝利を 前にしての慎重派は、常に少数派たるを強いられる。しかも、そんな わずかな者たちも、脳を侵食するようなウェールズの言葉と、部屋の中に たなびき始めた薄赤い空気に包まれるうちに、「ウェールズ皇太子万歳」 「アルビオン万歳」「勝利を我が手に」と、狂乱の大合唱に巻き込まれていった。 それと同時に、両陣営の上にたなびくいくつかの入道雲に混じって、 雲の白さとはまったく異なる、巨大な黒い影が降下してきていた。 とてつもなく巨大な二枚貝に、無数の触手を生やしたその異形は、 見るものに戦慄を与えずにはいられない。 それは、ノーバと同じくブラックスターの破片から蘇った、混乱と破壊を 振りまく暗殺者、円盤生物ブラックテリナ。その体内から吐き出される 無数の美しい輝きは、いったいこのアルビオンになにをもたらそうと いうのであろうか…… 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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【名前】天牙 才人(てんが さいと) 【性別】男 【年齢】18 【職業】学生 【特徴】眼鏡。全体的に薄い 【好き】予想外、自分 【嫌い】予想通り、自分 【特技】シミュレーション 【趣味】学問、開発 【人間関係】 秦 織江:1位。計算によりその内心を見透かしている。どうこうする義理もないので放置。 明智 優月:3位。校内の状態から学園崩壊の策を逆算。その後特に何もするでもなく放置。 神崎 巽:4位。プロファイルにより裏の顔まで把握。読心により把握されている事も把握している。 シン=ムラカミ:8位。彼の動向から推理し出自を推察。興味もないので放置。 黄金院 桜:7位。本人よりも親が自社の取引相手であるため、お互い事を荒立てないようにしている 国木田 友子:10位。唯一話しかけてくれる人。べ、べつに嬉しくなんかないんだからね! 【詳細】 学内序列2位『全知なる指揮者(ジーニアス・オリジン)』 天才という言葉は彼を語源にして作られたのではないかと、そんな時系列を無視した説が学内でまことしやかにささやかれる程の天才。 学問のみならず運動能力も天才的で、今すぐ金メダルを総なめにできると言われているほど。 既に幾つもの大会社を経営しており、正直学校に通う必要はないが、ある目的の為に通っている。 完璧に思われる人間だが、皮肉屋で性格が悪いため『人望』が絶望的にない。ボッチ。 直接的な関わりはないが異能者蔓延る裏社会も異世界の存在も計算により割り出し把握しており、遂には異世界の扉を開く計算式を打ち立てた。 【備考】 ちなみに彼が天才の語源であるという説は残念ながら誤りである
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「ふむ、つまり何者かの妨害にあったと?」 「はい……」 学院長室では、オールド・オスマンがシエスタの報告に頭を悩ませていた。 昨晩、シエスタはマントに波紋を通し、ハングライダーのように空を飛んでいた。 だが滑空中に『エア・ハンマー』らしき魔法を受け、墜落死の危機に陥ったのだ。 「悪質じゃのう、こうなると生徒同士の問題は生徒同士で…という訳にもいかんし」 シエスタは元平民であり、波紋という得意な魔法を使うのを理由として、魔法学院では生徒と同じ扱いを受けている。 つまりは、貴族扱い。 しかし貴族至上主義者が少なくないトリステイン魔法学院の貴族子弟達にとって、元平民のシエスタが簡単に受け入れられるはずはなかった。 オールド・オスマンには一つの誤算があった。 シエスタが吸血鬼を退治したのを理由に、『シュヴァリエ』の称号を得られるよう便宜を図ろうとしていたが、それがフイになってしまったのだ。 領地を持つことで得られる爵位ではなく、実力と功績によって与えられるシュヴァリエの称号をシエスタが得ることで、少しでも立場を固めようと考えていたのだ。 だが王宮からは、「シュヴァリエを得るには従軍が必要だ」との返事が返ってきたのだ。 近年、シュヴァリエを得ようと功績をねつ造する事件も報告されているので、審査が厳しくなるのは当然だった。 オールド・オスマンは、「タイミングが悪いのう」、とため息をついた。 「オールド・オスマン、私、自分で解決してみたいと思います」 シエスタの力強い言葉に、オスマンが驚く。 「ほう? 勝算はあるのかね」 「…………」 シエスタは無言で頷く。 「ならワシは余計な手出しはせんよ、じゃが一つ忠告をさせてくれんかの」 「『勝者』でも『敗者』でもない、第三の立場を得るよう努力しなさい」 「第三の立場?」 「戦争に例えるとな、傷病兵を治癒する水のメイジのような立場じゃ。波紋は吸血鬼を打ち倒す……しかし、吸血鬼に先導された群衆は打ち倒せん。それを味方に付ける立ち回り方を学ぶんじゃ」 シエスタは少し考え込んだ後で、頷いた。 「……はい。」 シエスタは学院長室を出た後、キュルケとタバサの二人を探し、波紋の訓練をしている教室へと来て貰った。 「ミス・ツェルプストー、ミス・タバサ、お願いがあります。」 「私達に頼み? 何かしら」 「実は……」 シエスタが説明しようとしたところで、タバサが口を開いた。 「シルフィードから聞いている」 タバサは、シエスタが夜に波紋の訓練をして、その最中に魔法で邪魔された事など、シルフィードが見ていることを話した。 シエスタがそれに重ね、『エア・ハンマー』で突然襲われた話をする。 キュルケはその話を聞き、怒りが湧いてきたらしく、目つきが鋭くなった。 「悪戯にしちゃ度が過ぎてるわね」 このキュルケ、窓から男を焼き捨てたことなどすっかり忘れているらしい。 「で、その犯人を捜してほしいってところかしら?」 「いえ、違います」 シエスタの言葉にキュルケが驚く、タバサは無言のままだったが、シエスタをじっと見ている。 「これは私の問題です、危険もありますが、自分で解決しなければならないと思っています……お二人に頼みたいことは、それとは違うことです」 そして、シエスタが語ったのは、二人を驚かせるに十分な内容だった。 波紋は技術であり、平民とメイジの隔てなく、ある程度の習得が可能 水に波紋を流すことで、周囲の生物を探知できる メイジの索敵能力を高め、感覚を鋭敏にさせる効果 吸血鬼に対して絶大な攻撃能力を誇る ディティクト・マジックでも解らない吸血鬼や食屍鬼を、波紋で識別できる 人間を治癒する『水の秘薬』の効果を、劇的に高めることが可能であること 植物や水などを利用した精霊魔法に干渉し、ある程度なら無効化できること 波紋を利用して人間の思考を狂わせることも、治すこともでき、ディティクト・マジックに反応しない 波紋をメイジに供給することで、集中力、魔力のキャパシティが一時的に上昇する 生物の生命力を高めることで、毒や病の回復を促進する 食屍鬼になりかけの人間ならば波紋で元に戻すことが可能 若さを保ち、美容健康にとても良い 現時点でわかっている『波紋』の効能を、シエスタから説明され、キュルケは感心した。 タバサも表情こそ変わらないが、ほう、とため息をついて聞いていた。 「凄いじゃない……水の秘薬の効果が高まるなんて……具体的にはどのくらい?」 シエスタはマントを外すと、シャツのボタンを外し、肩を見せた。 そこには鋭利な刃物でつけられたような傷痕がついていたが、ほぼ治っている状態だった。 「この間、ギ……吸血鬼と戦ったんですが、その時に受けた傷です」 「あんた吸血鬼と戦ったの!?」 「はい、水の秘薬を使って、ここまで塞がりました」 「その傷を塞ぐのに秘薬を?」 キュルケが傷口をまじまじと見つめる。 「はい、100倍に希釈された水の秘薬を、一滴だけ分けて頂いたんです」 シエスタの言葉に驚く。 水の秘薬といえば、水の精霊の身体の一部であり、同じ量の黄金と同じかそれ以上に高額で取引されている。 シエスタの肩についた傷は、長さ12サント、深さはよく解らないが、浅くはないだろうと思えた。 それがごくごく少量の水の秘薬ですぐに塞がってしまうのなら、水の秘薬を取引している秘薬屋は、秘薬の暴落に嘆いてしまうだろう。 「水のメイジと協力すれば、より凄い効果があるかもしれないわね…ホント驚きだわ」 感心するキュルケの横で、タバサは何かを考えていた。 「……解毒効果は?」 「まだよく解らないんです、ただ、オールド・オスマンは波紋を習得されてから『眠りの雲』にかからなくなった……と言っていました」 「そう」 「それで、お二人にお願いしたいことなんですが、波紋の研究のために協力して頂きたいんです」 「面白そうじゃない、美容にも良いんでしょう?それなら断る理由なんかないわよ」 「私も協力する、そのかわり、解毒作用についてより詳細な効果を知りたい」 「ありがとう、ございます」 シエスタは頭を下げ、二人に感謝の意を表した。 「ところで、生物を探知するってどんな感じなの?」 「はい、それじゃあ……お二人とも私の手を握って下さいませんか?」 キュルケの質問に答えようと、シエスタが手を出す。 タバサが右手を、キュルケが左手を掴んだのを確認すると、シエスタは呼吸を整えて波紋を流し始めた。 「「「……!」」」 三人が同時に同じ方向を向く。 黒板の上、三人を見下ろすような位置から何かを感じた。 タバサが杖を取り出し、ディティクト・マジックを唱える。 光の粉が周囲を舞い、タバサの感覚にぼんやりと何かが写った。 シエスタが出て行った後、オールド・オスマンは水パイプを吸おうとし、ちらりと秘書の机を見た。 ミス・ロングビルは用事があるとかで、外出中だった。 「やっぱり美女に怒られつつ吸うパイプの方が美味いのぅ」 そんなことを呟きつつ、『遠見の鏡』を見ると、そこにはシエスタの姿が映されていた。 場所は、シエスタが訓練に使っている教室だった。 傍らには二人の生徒、確かツェルプストー家の娘と、ガリアから来ているタバサという少女がいて、何かを話している。 オールド・オスマンは、波紋の研究を発展させるつもりでシエスタの立場を良くしようと画策していた。 だが、それとは別に、生徒としてのシエスタ、恩人の子孫としてのシエスタが魔法学院で友達を見つけてくれたのが嬉しかった。 鏡に映るシエスタは、波紋について説明しているようだった。 ふと、シエスタがタバサとキュルケの手を握ると、三人がオールド・オスマンの方を『見た』。 鏡の中ではすかさずタバサが杖を抜き、何かを呟いている。 唇の動きから『ディティクト・マジック』の類だと予測し、慌てて『遠見の鏡』を停止させた。 「ふぅ~、生物探知だけでなく、鏡越しの視線まで感じるのかの…いやはや、波紋は恐ろしいわい」 ぷかぁ、と煙を舞わせて、呟く。 「……波紋の効果を教えるのはあの二人か、それにしても波紋を用いた者は、勘が鋭くなるのかのう?」 いずれにせよ、シエスタの監視は難しくなってしまった。 オールド・オスマンは水パイプを吹かしながら、机の上に置かれた一枚の報告書を手にした。 そこにはアルビオンで『鉄仮面』とも『石仮面』とも呼ばれる傭兵が、鬼神のような活躍で貴族派の包囲網を突破した、と記されていた。 「石仮面か……リサリサ先生の仰っていた『DIO』や『柱の男』のように、吸血鬼の王国を作られる前に殺さねばならん……」 オールド・オスマンは、再度、遠見の鏡に魔力を込めた。 鏡に映るシエスタ達は、既に手を離している、今度は視線には気づかれないだろう。 丁度鏡の向こうでは、シエスタが『石仮面』のことをキュルケとタバサに説明しているところだった。 キュルケとタバサの顔が、心なしか青ざめている気がする。 青ざめるのも無理はないだろう。 かつての級友は『勇敢に戦って死んだ』のではなく『操られて死んだ』のだと告げられたのだ。 波紋の研究を手伝ってほしいというのも、吸血鬼として人を襲うルイズを殺すため。 オールド・オスマンにも、石仮面への怒りがあった。 人間だったルイズのためにも、吸血鬼と化した『ルイズだった者』を、一刻も早く殺さなければならない。 そう決意していた。 だが一つ誤算があったとすれば、オスマンは、石仮面の恐ろしさ『だけ』に、心を奪われていた点だろうか。 ゼロと揶揄された生徒は、オスマンが考えている以上に、誇り高かった。 人間であり続けようとする程に。 現時点で波紋を『技術』だと知る者 オールド・オスマン、ミス・ロングビル、シエスタ、キュルケ、タバサ ルイズが吸血鬼だと知る者 オールド・オスマン、ミス・ロングビル、ウェールズ・テューダー、アンリエッタ 石仮面でルイズが吸血鬼化したと知っている者 オールド・オスマン、ミス・ロングビル 『石仮面』と名乗る吸血鬼に、ルイズの肉体が乗っ取られたと思いこんでいる者 シエスタ、キュルケ、タバサ ルイズが正気だと知っている者 ミス・ロングビル、ウェールズ・テューダー、アンリエッタ To be continued → 27< 目次
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前ページ次ページ雪と雪風_始祖と神 それから暫く平穏な時が流れた。 謎のスクエアメイジ、ユキ・ナガトの話題は、目立つことを良しとしない主人の手によって、自然と噂は収斂されていった。 ルイズは、突然の能力の発現に戸惑いはしたものの、表面上に限れば、以前と変わらない様子を保っていた。 彼女の使い魔がメイドを庇い、貴族と決闘して勝つ出来事もあったが、 それさえもルイズの評価を高めるものとなってしまったのである。曰く、一流のメイジの使い魔は一流の平民と。 なにせ彼女は、家柄や座学についても他の生徒に引けをとらないのだから仕方がない。人間の評価は一晩にして百八十度変わる。 そして、一変した彼女への評価、人間関係、 そしてなにより、尽きることのない、突如として身につけた魔法の才能が、彼女の心理を少しづつ変化させていった。 平賀才人は、ルイズの得た余裕によるものであろうか、使用人と同程度には人間として扱われているようである。 それどころか、使い魔として武芸や学問を学ばされているとも聞く。彼もまた、主人ルイズを次第に敬愛するよう変化しつつあった。 しかしその二人について、タバサと長門有希は知らない。 そしてタバサと長門である。 タバサは日々、長門が口述する諸々の学問を巧みに吸収していった。 全てが驚きをもって迎えられ、ときにはガリア王ジョゼフを倒した後の政治体制、 ときには復讐に燃えることの哲学的無意味さ、あるときは魔法という存在の科学的説明、限られた時間を精一杯用いて思索にふける。 いっぽう長門にとっても、荒削りながら独創的なハルケギニアの古典文学や、観測下に置かれたことのない魔法という体系について、 書物から情報を得つつあった。直前の一年間に負けず劣らず、心から楽しく思えた日々が訪れつつあったのである。 なにより、本という共通の話題を介した緩やかな友人関係を、主従を越えて築けたことが一番の幸せだった。 もちろん二人共に、それまでも友人はいた。しかし言葉がなくとも互いを理解できるという、類稀な関係は、初めて得たものだったのである。 ……いや、そのような理想的関係は、ほぼ全ての人間にとって、――それこそフィクションでもなければ築き得ないものであろうが。 使い魔召喚の儀から一週間もしたころには、 『実はミス・タバサとミス・ナガトは実の姉妹で、実は二人とも大貴族の令嬢である』 という噂が、まことしやかに囁かれていたとか。 + + + 「ルイズ、あなた最近おかしいわよ」 ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールのティータイムは、 隣室の友人――いや、好敵手と言ったほうがよいだろうか――によって中断した。なぜかタバサと長門も随行している。 事の起こりは、キュルケがタバサの部屋をいつものように訪ねた際に遡る。 「あなた、ルイズについてどう思う?」 キュルケは不意に、タバサへ話題を振った。 「トリステインを代表する大貴族の令嬢。政治的には重要な人物」 「そうじゃなくて、同じ学院の生徒としてよ」 「別に」 「そうね、あなたはあの子と殆ど話したこともないものね。――でも、あたしには分かるのよ、 どんなに小さな変化でも、あの子が変わったって。別に、ツェルプストーとラ・ヴァリエールって関係だからじゃあないけれど、 ここしばらく、今まで通りに見えて、周りを見下しているっていうか……、増長しているって言ってもいいわね。 もちろん、自信がついたって言い方もできるけれど」 「――あなたは、あの子の高貴な心が失われてしまうのではないかと思っている。友人への心配」 「そ、そんなことないわよ! 友達だなんて思ってないわ。でもとにかく、このままじゃあの子、 頭の凝り固まった、凡百の貴族に成り下がってしまうんじゃないかって……。あの子は確かに、本物の貴族だったのに」 その間長門は、占星術について記された書物に没頭しているように見えた。 「だから、あなたに協力してほしいの」 ルイズに一泡吹かせる計画――有体に言えば決闘について、タバサに是非を問う。つまり、立会人の依頼である。 「――やめたほうがいい。理由があなたの僻みと受け取られても仕方がない。 それに、彼女はスクエアクラス。トライアングルのあなたにとっては不利な戦い」 「わかってるわ。だけどね、どうしようもないの。あの子、魔法が使えるようになって以来、取り巻きを作っていい気になってるのよ。 あまりにも醜くて、笑っちゃうわ。だけど、まだ諦めたくないの」 タバサはかりにも王族の出である。自己の保身と出世だけを目的に近寄ってくる貴族たち、 そして、そんな人々との関わりの空しさは百も承知であった。 もっともその境地は、華やかな王宮を、距離をとって見るほかなかった立場がなければ得られなかったかもしれない。 なにより親友の頼みである。友の友が人間の海に溺れようとしているならば、 手を差し伸べるのは当然の行いではないか。だいいち、原因は自身の使い魔にある。 断る理由はない。 「……わかった」 タバサが膝の上の書物を畳む。長門もそれに呼応した。 キュルケは、自分以外の人間に対して友人が見せた興味に、ただただ小さな驚きを感じていた。 + + + 「それで、どうしてわたしがツェルプストーに決闘を申し込まれなくちゃならないのよ」 「さあね。あなたの胸に聞いてみたらいいんじゃないかしら」 「……いわれのない侮辱とは、ツェルプストーも堕ちたものね」 傍から見れば言いがかりである。舌戦の片隅で、タバサは長門に小さく問う。 「できる?」 「彼女から能力――魔法を再び奪うことは簡単。でも、そうすれば彼女は精神的に保たない。だから、キュルケに任せる」 タバサと長門は部屋の隅にもたれかかり、読みかけの書物を再び開いた。 結局のところ、キュルケは言葉巧みにルイズを誘い出すことに成功したようである。 決闘の舞台は、ルイズの使い魔と同級生も決闘に使用したという、ヴェストリの広場であった。 + + + 「そこにいる大メイジ様は、見ているだけで学生の決闘を止めようともしないのかしら」 ルイズは横目に長門を見やる。 「――わたしはトリステインの人間ではない。それに、今のあなたには必要なこと」 「そう、わかったわ。だけど、今のわたしは禁止された決闘を受けるほど馬鹿じゃないの」 「ルイズ、あなた、決闘を挑まれて背中を見せるの?」 「違うわ。だから、サイト!」 「えっ、俺かよ」 「ええ。代理を立てるわ」 地面に座り込み、事態を他人事として傍観していた才人は、突然の起用におもわずのけぞる。 「でもなあ、確かにデルフはルイズに買ってもらったものだけど、この高そうな剣もキュルケから貰ったもんだしなあ」 トリスタニアへの足を持たないタバサと長門の知らないところで、彼に関する争奪戦が繰り広げられていた。 とはいえ事実はキュルケが一方的に剣を贈ったというだけで、ルイズは彼女を気に留めてさえいなかったのであるが。 「うだうだ言わない! あんたのために使用人の部屋を借り上げたのは誰だと思ってるの?」 「は、はひっ! デルフ、行くぞ――」 才人は二本の剣を背負い立ち上がる。 「ごめん、キュルケ、そういうことみたいだ」 「まったくダーリンも、よくルイズの言うことをきくものね。それにあなた、部屋まで借りてもらってるの? どうせなら、ご主人様のベッドに忍び込むくらいの甲斐性見せなさいよ」 「何言ってるんだよ。そんなことできるはずが……。ルイズはすごい魔法使いみたいだし、世話になってるからな」 「そうよ。だから、わたしを主人として認める限りでは、多少のことは認めることにしたの。ね、サイト」 「まさか、あなたが体で手懐けたとは思えないし……」 「な、なにを人聞きの悪い! やっぱりわたしが決闘しようかしら? ――だいいち、男なんて放っておいても勝手に寄ってくるじゃない」 「男が寄ってくる、ね。……あなた、短い間に、本当に変わったわ」 「そうよ、わたしは変わったの。もう、ゼロのルイズなんかじゃない」 「そうかしら? 教室でも食堂でも、名のある貴族に取り入るしか能のない生徒を何人も従えて――。 あなたの使い魔は、いったい何人いるのかしら? あの子たち、見え透いた功名心しかないのにね。男にしても同じよ」 「それくらい織り込み済みよ。ラ・ヴァリエールくらいの家になると、取り入られることなんて日常茶飯事じゃない」 「そう……、そうやってありがちな大貴族が出来上がっていくのね。あなたの高貴だった心は、 もうこれっぽっちも残っていないわ。ルイズ、あなたは本物のゼロ、いえ、空っぽのルイズよ。 そうね、ここに取り巻きを連れてこなかったことだけは、評価してあげてもいいかしら」 「――サイト、下がりなさい」 「あら、気でも変わったのかしら?」 「あなたがそこまでわたしを侮辱したいのならば、受けなければ家名の名折れよ。受けて立とうじゃないの」 才人が脇に下がると同時に、タバサが新金貨を一枚放り投げた。 学院の石段に金貨が落ちた瞬間、互いに詠唱していた魔法の応酬が始まる。 + + + 「ファイアーボール!」 あくまで決闘の形式的な決着を目的としたのか、キュルケが放つ火弾は、小さいながらも矢継ぎ早に、ルイズの杖を的確に狙った。 しかし、 「ファイアーボール」 ルイズに達しようとした刹那、四方を囲んだ攻撃は、より大きな炎によって全てが打ち消され、 迎撃する相手を失った弾がキュルケの髪を僅かに焦がした。 「ルイズ、あなた、土系統に目覚めたんじゃなかったの」 キュルケの声が思わず上ずる。 「風の偏在も、風と火の爆炎も、氷のアイス・ストームも、 知っているスペルを唱えたら、簡単に成功できたわ。偏在はまだ一人しか出せないけれど」 そう語る間に、キュルケの後ろにもう一人のルイズ、彼女の偏在が現れる。 「やりすぎ」 タバサが長門の頭を叩き、ぽかんという気の抜けた音が響いた。 「さて、先生に見つかる前に、片を付けなくちゃね」 じりじりと間合いをとる二人のルイズが、同時にスペルを発動させる。 「ラナ」 「デル」 「ウィンデ!」 ルイズの前後からの詠唱に対して、キュルケはその一つに狙いを定めた。 もう一人から距離を取りつつ、もう一方との近接戦に持ち込もうと接近する。 しかし、ルイズが風魔法を完成させた瞬間、キュルケの目の前にあったルイズの偏在が消失した。 「おとり!?」 「そうよ。あいにく、偏在と他の魔法は、まだ同時に使えなくてね」 キュルケの背後にいる本物のルイズが自嘲するように言うと同時に、風の塊がキュルケに直撃した。 キュルケは一直線に、空高く吹き飛ばされる。 「これじゃ、ファンタジーじゃなくて、まるで漫画じゃないか……」 と、口をぽかんと明けて才人が呟いた。 「危ない」 フライで体勢を立て直すこともできず、キュルケは学院の尖塔へと激突しようとしている。 誰もが最悪の事態を覚悟したが、かろうじて長門有希は高速詠唱を間に合わせる。 再構成された尖塔の壁は黄色い砂に変化し、キュルケは砂の山に突っ込んだ。 壁があった場所には大穴が開き、塔に収められた宝物の数々が月明かりに照らされている。 「ちょっとやりすぎちゃったみたいね。ありがとう、ミス・ナガト」 悪びれた様子も見せず、ルイズは呟いた。しかし、そんな彼女をみかねてか、使い魔が主人に近付く。 「やりすぎたなんてもんじゃないだろう! 人を殺すところだったんだぞ」 叱責する声が広場に響いた。才人は、それまで彼女に対して見せたことのなかった形相で、主人を睨み付けた。 「あら、食事を与えられている身で、あたしに物申そうっていうの?」 「ああ。もちろん誰の身よりもない土地で、俺に住むところと食い物を保障してくれるルイズには感謝してる。 それに、俺にできないことができる、すごい魔法使いだっていうから尊敬だってしてるさ。 だけどな、力さえあれば、何をしたって許されるっていうのか? これじゃあ、まるでただの我侭じゃないか」 「ええそうよ、とでも言えばいいのかしら。あたしはラ・ヴァリエール公爵家の三女。 それ相応の力を持っていて当然でしょう? サイト、あなたを養っているのは誰だと――」 乾いた音が広場に響く。 ルイズは突然の出来事に、打たれた頬を押さえることしかできない。 「最低だよ、お前」 「な、なによ、使い魔で平民の分際で!」 しかし、ルイズと才人の声は、轟音と共に撒きあがる土砂にかき消された。 もんどりうって投げ出されるルイズと才人、タバサと長門。 「あれは、まさか、土くれのフーケ!?」 状況にいち早く気付き他のはルイズである。 彼女の眼前には、尖塔へ術者を届けようとする、巨大な土ゴーレムが立ちはだかっていた。 「フーケ? なんだそりゃ!?」 「貴族を狙う盗賊。実力のある土のメイジだといわれている」 才人の問いにタバサが答える。 「こっちもゴーレムを……」 自身の使い魔には見向きもせずに、土系統のルーンを唱えるルイズ。 しかしタバサは駆け寄ると、彼女の杖を叩き落した。 「なにをするの、学院に泥棒が忍び込もうとしているのよ!?」 「危険。固定化がかかっているとはいえ、あなたの力では、学院自体が保たないかもしれない」 見れば広場からは、フーケのゴーレムの大きさと同じだけの土が抉り取られていた。 仮にルイズがゴーレムを生成しようとすれば、魔法学院の構造物そのものを巻き込んでしまってもおかしくはない。 タバサに感じられたルイズの精神力は、スクエアクラス数人が尖塔にかけた固定化の魔法、それにも勝る物であった。 「ルイズの再構成をしすぎた」 長門有希が呟く。 ただ傍観するしかないうちに、ゴーレムは悠々と魔法学院の外壁を乗り越え、遠く森の直前で姿を消した。 その間、ゴーレムが尖塔を離れると同時に、タバサは砂に埋まった友人のもとへ、フライで駆けつける。 ルイズも後を追い、才人と長門は地面を駆け寄った。 「キュルケ、キュルケ!」 遅れて駆けつけた三人は、普段見せることのない、タバサの狼狽する様子を目の当たりにする。 幸い目立った外傷はなく、タバサの呼びかけに、キュルケはやがて目を見開いた。 「あたしは大丈夫よ、タバサ。ユキにもお礼を言わなくちゃね。――あらルイズ、わざわざお見舞いに来てくれたのかしら?」 「いいえ。ただツェルプストーがこれくらいでへこたれるような、骨のない相手じゃないことを確かめにきただけよ」 ルイズは心からそう口にしたのであろうが、キュルケにとってそれは、 ルイズの中にルイズが残っていることを確認できる言葉にほかならなかったのだ。 「ふふ、あなた、やっぱりルイズなのね。そうよ、ヴァリエールだったらそれ位言わなくっちゃ」 「あなたの言っていることがよくわからないわ。まあ、大事に至らなくてよかった。それより、土くれのフーケ……」 キュルケの倒れた後ろに残った壁にはこう記されていた。 『破壊の杖、確かに頂戴いたしました 土くれのフーケ』と。 前ページ次ページ雪と雪風_始祖と神
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第二十四話「ラグドリアン湖のひみつ(後編)」 水棲怪人テペト星人 カッパ怪獣テペト カプセル怪獣ミクラス 大蛙怪獣トンダイル 登場 「か、怪獣よ! やっぱり出してきた!」 「ひぃッ! こっちに来るぅ!?」 テペト星人と戦いながら、怪獣テペトに目を向けたキュルケが叫び、ギーシュとモンモランシーは 半狂乱になった。テペトはラグドリアン湖の中央から、ザブザブ水を掻いて才人たちのいる岸辺へと 向かってくる。あれに上陸されたら、才人たちの勝ち目は一気になくなってしまう。 『才人! 俺たちの出番だぜ!』 「ああ!」 ゼロの呼びかけで、才人が懐のウルトラゼロアイに手を伸ばして触れた。だがその時、 「サイトぉ! わたし、怖いッ!」 「おわッ!?」 ルイズが後ろから才人に抱きつき、こっそり場を離れてゼロに変身しようとした彼を引き止めた。 「ル、ルイズ! 離すんだ! 今こんなことしてる場合じゃないだろ!」 このままでは変身できない。慌てて剥がそうとする才人だが、ルイズは余計に強く抱きつく。 「嫌ッ! サイト、どこにも行かないでぇ!」 「ああもうッ! こんな時までぇーッ!」 才人がてこずっている間にも、テペトは少しずつ迫り来ている。 『しょうがねぇ! 才人、こんな時にはアレだ!』 「ああ! 行け、ミクラス!」 仕方なく才人は青いカプセルを、周りに見られないようにこっそり投げ飛ばし、変身できない時の味方、 カプセル怪獣をテペトの前に出した。 「グアアアアアアアア!」 カプセルから出てきたミクラスがラグドリアン湖の水面に足を突っ込み、早速テペトへと 掴み掛かっていく。 「キャ――――――――!」 「グアアアアアアアア!」 テペトと両腕を捕らえたミクラスとの押し合いになるが、ミクラスの力の方が勝り、テペトを 突き飛ばして岸から引き離した。そして口から熱線を吐き、テペトの頭頂部の皿を撃つ。 「キャ――――――――!」 皿を焼かれたテペトは慌てて腰を折り、頭を湖面に突っ込んだ。水で皿を冷やすと頭を上げ、 改めてミクラスと向かい合う。 「グアアアアアアアア!」 ミクラスは水の抵抗を物ともせずにテペトに肉薄し、殴り合いで圧倒する。ミクラスの怪力に テペトは敵わず、一方的に押される。 「今の内に逃げられそうね……。ギーシュ、早く包囲を破ってよ!」 ミクラスが食い止めている中、生き残りのテペト星人にまだ囲まれている一行の内のモンモランシーが ギーシュに頼んだ。と、その時、彼女の頬を赤い舌がペロッと舐めた。 「あら? もう、ロビン。こんな時に甘えてこないでよ」 モンモランシーはそれをロビンと思い、たしなめたが、舌はペロペロ頬を舐め続けた。 「やめてったら! 聞き分けのない子ね」 と言っていたら、ギーシュが何やら顔を真っ青にしてこちらに視線をやっていることに気づいた。 「ギーシュ? 何ぼんやりしてるのよ」 尋ねると、ギーシュは震える手で自分を指差した。いや、よく見ると自分の足元を、だ。 「モ、モンモランシー……君の使い魔は、足元にいるよ……」 「え?」 下を見ると、確かに使い魔のカエルはモンモランシーの足元に控えていた。 「じゃあ、この舌は一体……」 自分の頬を舐めていた舌の正体を訝しむモンモランシー。よく考えれば、ロビンのものだとしても 大き過ぎだ。振り返って後ろを見てみたら……。 「カアアアアアアアア!」 赤い二つの目玉を人魂のように爛々と光らせている、カエルによく似た新たな巨大怪獣が、 地面から首だけ出して舌を伸ばしていた。モンモランシーの頬を舐めていたのは、その怪獣の舌だった。 「ぎゃああああああああああああああああああああッ!!」 モンモランシーとギーシュが絶叫を上げた。才人はすぐに端末で怪獣の情報を調べる。 「あいつは、大蛙怪獣トンダイル!」 その背後では、相変わらず才人にピッタリくっついているルイズが、モンモランシーと ギーシュを足したものよりも大きな悲鳴を上げた。 「嫌ああああああああああああ!! カエルうううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」 「うわぁッ!? お、おいルイズ!」 才人の身体からルイズの腕が離れたので、才人が慌てて振り返ると、彼女はコテンとその場に 倒れ込んで気絶した。小さなロビンも怖がるくらいだったので、超巨大なトンダイルを見て、 恐怖のあまり精神を保てなかったのだろう。 「ルイズ! ルイズったら!」 「駄目だぜ相棒。娘っ子、完全に気を失ってらあ」 才人が何度も呼びかけても、ルイズは目を覚まさない。デルフリンガーが呆れて言った。 「カアアアアアアアア!」 トンダイルは土の中から全身を出すと、才人たちには構わず湖の中に入る。そして口から 火炎を吐いて、テペトを追い詰めているミクラスを背後から攻撃した。 「グアアアアアアアア!」 背中を焼かれたミクラスが反り返ってよろめいた。その隙にテペトが持ち直し、反撃を行う。 「キャ――――――――!」 「カアアアアアアアア!」 トンダイルも同時に攻撃を仕掛ける。ミクラスは前後から挟み撃ちで叩きのめされ、一気に 窮地に追い込まれてしまった。 「トンダイルもテペト星人の配下なのか……!」 状況からして、テペト星人はトンダイルも支配下に置いているようだ。ミクラスのピンチに 焦る才人だが、不幸中の幸い、一番厄介だったルイズが離れた。これでゼロに変身できる。 「みんな! ルイズを安全な場所まで連れてく! 気をつけてくれ!」 「分かったわ!」 素早くルイズを背負って仲間たちに告げると、デルフリンガーを片手にテペト星人の集団へ 斬りかかっていった。 「おらおらぁー! どけどけぇッ!」 目の前の敵を斬り伏せて強引に包囲を突破すると、全速力で森の中に姿を隠した。そして湖から 離れたところでルイズを降ろしてそっと木に寄りかからせた。スヤスヤ眠っている姿に、ほっと息を吐く。 「デュワッ!」 満を持してウルトラゼロアイを取り出し、顔に装着して変身した。 「キャ――――――――!」 「カアアアアアアアア!」 テペトとトンダイルは、膝を突いたミクラスを容赦なく叩きのめし続けている。そこに、 森から飛び出したウルトラマンゼロが飛び蹴りの姿勢でラグドリアン湖へ急降下していく。 「ダァー!」 「カアアアアアアアア!」 鋭いゼロキックはトンダイルの頭部に決まり、トンダイルを横転させた。テペトはゼロの 乱入に驚いて、殴る手を止める。 「デヤァッ!」 「キャ――――――――!」 そのテペトの胸の中心にも横拳が入り、弧を描いて吹っ飛んでいく。敵怪獣を湖に沈めたゼロは、 ボロボロのミクラスを助け起こした。 『よく頑張ってくれたな、ミクラス。戻ってくれ』 ミクラスを気遣って、カプセルの中に戻した。それと同時に、トンダイルが水を掻き分けて起き上がる。 「カアアアアアアアア!」 トンダイルは口から、今度は赤い球体をいくつも吐き出してゼロへ飛ばす。これは本来 獲物を中に閉じ込め、冬眠中の保存食にするためのトンダイルカプセルだ。武器としても 使うことが出来るようだ。 『はッ! こんなヒョロ玉食らうかよぉ!』 しかしゼロはトンダイルカプセルを全て素手で叩き落とした。それからトンダイルに一瞬で飛び掛かり、 首元に水平チョップを入れる。 「カアアアアアアアア!」 『おらおらぁッ!』 早く鋭いチョップでひるませたところで、でっぷりと突き出た腹をボコボコに殴る。トンダイルは ゼロのラッシュになす術なく、大きくたじろいだ。 一見優勢なゼロだが、ここで違和感に気づいた。 『ん? テペトはどこ行きやがった?』 今湖面に立っている敵はトンダイルだけで、先ほど沈んだテペトが浮き上がってこない。 そう思った矢先に、 「キャ――――――――!」 『うおうッ!?』 水中を音もなく移動して近寄ってきていたテペトが、ゼロの足首をすくい上げて転倒させた。 仰向けに倒れたゼロに、すかさずテペトとトンダイルのタッグが覆い被さるように襲い来る。 「キャ――――――――!」 「カアアアアアアアア!」 『ぐッ! こ、こいつら! げぶッ!』 ゼロはテペトに腹部を、トンダイルに顔面を踏みつけられ、湖の中に押し込まれていく。 「ゼロが危ないわ!」 「危ないのはこっちも同じだよぉ!」 キュルケが叫ぶが、直後にテペト星人がまた一人飛び掛かってきたので、火炎で黒焦げにした。 メイジたちは依然としてテペト星人と交戦しており、ゼロを援護する余裕はない。 「キャ――――――――!」 「カアアアアアアアア!」 テペトとトンダイルはそれをいいことに、情け容赦なくゼロを水の中に沈める。テペトが ゼロの腹を散々に殴りつけ、トンダイルが顔を鷲掴みにして湖中にグイグイ押し込む。 すっかり水中に浸かったゼロだが、その瞬間に、彼の沈んだところから赤い輝きが巻き起こった。 『おらあああああッ! 調子づくんじゃねええぇぇぇぇぇぇぇッ!』 「キャ――――――――!?」 「カアアアアアアアア!」 直後に、怒声とともにストロングコロナゼロが超パワーで立ち上がり、その勢いでテペトと トンダイルをはね飛ばした。 即座に起き上がって二人がかり、いや二体がかりでゼロに襲い掛かるが、トンダイルは顎に 拳をもらい、テペトはみぞおちに肘鉄を入れられてあっさりと返り討ちにされた。 『ふんッ!』 更にゼロは二体の頭をむんずと掴むと、引き寄せてゴチン! と激しくぶつけさせた。 互いに頭を打った怪獣たちはフラフラと後ろへ倒れる。 「カアアアアアアアア!」 その内に、トンダイルが四つん這いの姿勢のまま逃亡を始めた。ゼロに敵わないと見ての行動だが、 トンダイルは根っからの人食い怪獣。みすみす逃がす訳にはいかない。 「セアッ!」 ゼロは通常の状態に戻ると、ほうほうの体で逃げるトンダイルの背にワイドゼロショットを撃ち込んだ。 必殺光線を食らったトンダイルは一瞬で爆散した。 トンダイルを倒したらテペトの番とばかりにゼロが振り返る。すると慌てたテペトが、 予想外の行動に出た。 「キャ――――――――!」 両手をこすり合わせて頭をペコペコ下げ、許しを乞い始めたのだ。 「怪獣が命乞いしてるわ……」 「呆れた……」 その光景を見たキュルケとタバサが、冷めた視線を送った。 「……」 ゼロは無言で腰に手を置き、テペトのことをじっと見つめる。テペトはすがりつくように、 黙ったままのゼロを拝み倒すが、 深く頭を下げた瞬間に、皿から怪光線を発射した! 『おっと!』 しかしそれは、ゼロが咄嗟にバツ印に組んだ腕にガードされた。それを見て、テペトは後ろに 倒れ込むと水中に潜り込み、泳いで逃げ出した。 『そんなしょっぱい騙し討ちに引っ掛かるかよぉ!』 言い放ったゼロは頭からゼロスラッガーを放り、水中に潜り込ませる。直後にザシュッ! と気持ちのいい音が鳴り、ふた振りのスラッガーが湖から飛び出してゼロの頭に戻った。 その後に、スラッガーに十字に切り裂かれたテペトの破片が四つ浮かび上がってきた。 「最後!」 ゼロが二体の怪獣を倒すのと、タバサが最後に残ったテペト星人にとどめを刺したのは ほぼ同時だった。地上に現れた敵が全て倒れると、ラグドリアン湖よりテペト星人の円盤が浮上し、 空へ向けて飛び上がる。このまま宇宙へ逃れようというつもりか。 「ジュワッ!」 しかしその円盤も、エメリウムスラッシュを受けて木端微塵に吹き飛んだ。敵を全滅させたと 判断したゼロは、空の彼方へと飛んで去っていった。 「みんなー。大丈夫だったか?」 元に戻った才人は、未だ眠り込んだままのルイズを背負い、岸辺へと帰ってきた。するとギーシュが咎める。 「遅いぞきみ! 敵はとっくにこのギーシュ・ド・グラモンが片づけてしまったよ」 「あんた、ほとんど何もしてなかったでしょ」 さっきまでの恐慌ぶりがどこへやら、見栄を張るギーシュにキュルケがツッコミを入れた。 そんな漫才のようなやり取りは置いておいて、モンモランシーが湖に目を向けて皆に呼びかける。 「みんな! 精霊の気配が戻ったわ!」 「本当か!? 良かった! これでルイズを元に戻せるな!」 それを聞いて、才人が一番喜んだ。 「水の精霊が戻ったのと、涙をもらえるかどうかは別の問題よ」 「細かいことはいいよ! とにかく、早く呼んでくれ」 才人に急かされて、モンモランシーがもう一度ロビンを湖中に送った。すると今度は、 水面が盛り上がって、水がアメーバのような形になった。これがモンモランシーの言う、 水の精霊らしい。 「水の精霊。わたしはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。 水の使い手で、旧き盟約の一員の家系よ。覚えていたら、わたしたちにわかるやりかたと 言葉で返事をしてちょうだい」 モンモランシーが呼びかけると、盛り上がった水はぐねぐねと形を変え、モンモランシーそっくりの 姿になった。才人は驚いて目を丸くした。 「覚えている。単なる者よ。貴様に最後に会ってから、月が五十二回交差した」 水の精霊はモンモランシーに答えると、彼女が何か言う前に言葉を紡いだ。 「まずは、貴様たちが我を捕らえ、我を支配しようとした、この世界とは異なる外の世界から 現れた異な者どもを退けたことについて礼を言おう。我は湖の奥深くに身を隠しながら、全てを見ていた」 「水の精霊がお礼! そんなの、滅多にないことよ」 モンモランシーが驚愕してつぶやくが、才人は水の精霊の発言に関心を持った。 「それって、テペト星人のことか? やっぱり、あいつらがいたからあなたは隠れてたんだ。 テペト星人は、あなたを捕まえようとしてたんだな」 聞き返した才人に、水の精霊が肯定する。 「そうだ。あの異な者どもは、この世界の理とは異なる不可思議な力を用いて、我を支配しようとした。 当然我は抗ったが、奴らは水を阻む鋼鉄の船から出てこなかった故に、我は手出しが出来なかった。 そのため、我は身を隠す以外になかった」 「水の精霊は、水に関しては万能だけど、相手が水に触れなかったら無力なの。そこを突かれたのね」 モンモランシーが補足説明を入れた。 「テペト星人、そういう目的でここに潜んでたのか……。もし水の精霊が操られてたら、 大変なことになってただろうな」 「侵略者の魔の手って、精霊にまで及んでたのね……。今回は失敗だったけど、ぞっとするわね……」 才人とキュルケのひと言で、一同は背筋を寒くした。しかし今は才人たちに、最優先の目的があるのだ。 モンモランシーが頼み込む。 「水の精霊よ、お願いがあるの。あなたの一部がすぐに必要なの。わけてはもらえないかしら?」 その頼みを、水の精霊は快く引き受けた。 「よかろう。貴様らは我を脅かす者どもを退治した。その恩に報いるのが道理」 「やったわ! 精霊にお願いを通すのは、本当はとても難しいことなのよ。わたしたちは、 ある意味ラッキーだったわね」 水の精霊が細かく震えると、ぴっ、と水滴のように、その体の一部がはじけ、一行の元へととんできた。 それが『水の精霊の涙』だ。ギーシュが慌てて持ってきた壜で受け止めた。 水の精霊は用を済ませると、すぐに水底に戻っていきそうになった。だがそれをキュルケが呼び止める。 「ちょっと待った! アタシとタバサは、実はもう一つあなたに用があるのよね」 「え? そうだったんだ」 才人らが驚いた顔をしていると、水の精霊が戻ってきて、キュルケに問い返した。 「なんだ? 単なる者よ」 「あなたが湖の水かさを増やすのを止めて、この辺りの洪水を引いてもらいたいのよ。あー…… 水浸しになったせいで、タバサの領地に被害が出てるから、元に戻すようにとの使命も受けて アタシたちは来たのよ」 確かに、時期的に考えて、洪水とテペト星人の襲来は別問題。このままだと辺りの土地は元に戻らない。 だがキュルケの頼みは、水の精霊は断る。 「ならぬ。貴様らへの恩は、先ほどのもので返した」 だがキュルケは引き下がらない。切り込み方を変えてみる。 「だったら、水かさを増やす理由を教えてくれない? アタシたちに解決できることなら、 なんでもするから」 それを聞くと、水の精霊は少し間を取ってから、返答した。 「お前たちに、まかせてよいものか、我は悩む。しかし、お前たちは我への脅威を取り払った。 ならば信用して話してもよいことと思う」 前置きしてから、水の精霊は理由を語り出した。 「数えるほどもおろかしいほど月が交差する時の間、我が守りし秘宝を、お前たちの同胞が盗んだのだ」 「秘宝?」 「そうだ。我が暮らすもっとも濃き水の底から、その秘宝が盗まれたのは、月が三十ほど 交差する前の晩のこと」 おおよそ二年前ね、とモンモランシーが呟く。 「我は秘宝を取り返したいと願う。大地を水が浸食すれば、いずれ秘宝に届くだろう。 水がすべてを覆い尽くすその暁には、我が体が秘宝のありかを知るだろう」 「な、なんだそりゃ。気が長いやつだな」 途方もないほど時間の掛かるやり方に、才人が呆気にとられた。 「我とお前たちでは、時に対する概念が違う。我にとって全は個。個は全。時もまた然り。 今も未来も過去も、我に違いはない。いずれも我が存在する時間ゆえ」 水の精霊の目的を知ったキュルケがうなずく。 「分かったわ。だったらアタシたちでその秘宝を取り返してあげるわ。それでいいでしょ、タバサ?」 タバサもコクリとうなずいた。それからキュルケが肝心なことを聞く。 「なんていう秘宝なの?」 「『アンドバリ』の指輪。我が共に、時を過ごした指輪」 「なんか聞いたことがあるわ」 モンモランシーが呟く。 「『水』系統の伝説のマジックアイテム。たしか、偽りの生命を死者に与えるという……」 「そのとおり。死は我にはない概念ゆえ理解できぬが、死を免れぬお前たちにはなるほど 『命』を与える力は魅力と思えるのかもしれぬ。しかしながら、『アンドバリ』の指輪が もたらすものは偽りの命。旧き水の力に過ぎぬ。所詮益にはならぬ」 「そんなシロモノを、誰が盗ったんだ?」 「風の力を行使して、我の住処にやってきたのは数個体。内の一人が、こう呼ばれていた。 『クロムウェル』と」 「聞き間違いじゃなければ、アルビオンの新皇帝の名前ね」 キュルケのひと言で、才人たちは嫌な予感を覚えた。アルビオン新政府と、侵略者が与しているのは、 タルブでの一戦で明らかになったこと。もし『アンドバリ』の指輪をクロムウェルが盗んだのなら、 当然それは宇宙人たち、延いてはヤプール人の手元に……。 「偽りの命とやらを与えられたら、どうなっちまうんだ?」 「指輪を使った者に従うようになる。個々に意思があるというのは、不便なものだな」 「とんでもない指輪ね。死者を動かすなんて、趣味が悪いわね」 呟いたキュルケが、水の精霊に請け負う。 「分かったわ! その指輪を取り返してくるから、水かさを増やすのを止めて!」 水の精霊はふるふると震えた。 「わかった。お前たちを信用しよう。指輪が戻るのなら、水を増やす必要もない」 「いつまでに取り返してくればいいんだ?」 「お前たちの寿命がつきるまででかまわぬ」 「そんなに長くていいの?」 「かまわぬ。我にとっては、明日も未来もあまり変わらぬ」 そう言い残すと、水の精霊はごぼごぼと姿を消そうとした。 「待って」 その瞬間、タバサが呼び止めた。その場の全員が驚く。タバサが他人を……、いや人じゃないけど、 呼び止めるところなんて初めて見たからだ。 「水の精霊。あなたに一つ聞きたい」 「なんだ?」 「あなたはわたしたちの間で、『誓約』の精霊と呼ばれている。その理由が聞きたい」 「単なる者よ。我とお前たちでは存在の根底が違う。ゆえにお前たちの考えは我には深く理解できぬ。 しかし察するに、我の存在自体がそう呼ばれる理由と思う。我に決まったかたちはない。しかし、 我は変わらぬ。変わらぬ我の前ゆえ、お前たちは変わらぬ何かを祈りたくなるのだろう」 タバサは頷いた。それから、目をつむって手を合わせた。いったい、誰に何を約束しているのだろう。 才人たちにはとんと見当がつかなかったが、唯一事情を知るキュルケは、その肩に優しく手を置いた。 才人たち一行が水の精霊の涙を手に入れて、学院に帰還している頃。アルビオン大陸の、 新政府の中心地の城にある、皇帝クロムウェルの部屋の中で、クロムウェルと秘書のシェフィールドが 虚空を見上げていた。 するとその虚空が、突然音を立てて割れた。比喩の類ではない。本当に、ガラスを割ったかのように 空中が割れたのだ。そしてその中には、赤く歪んだ空間とその中で蠢く何人もの怪人の姿がある。 それがヤプール人。宇宙人連合をハルケギニア世界に引き入れ、今アルビオンを傀儡としている黒幕の正体だ。 『そうか。テペト星人が散ったか。これで連合も、大分数が減ったな』 ヤプールはテペト星人がラグドリアン湖でゼロに敗れたことの報告を受けた。だがそれを聞いても、 少しも憐れむ様子を見せず、それどころか呆れたように鼻を鳴らした。 『まぁ、どうでもいいことだ。所詮、あんなゴロツキどもにはあまり期待を寄せてなかった。 超獣を十分に育成するまでの繋ぎだ』 「それで、我が支配者よ。次はどのような手を打たれますか? このままウルティメイトフォースゼロに 大きな顔をさせておいては、人間どもが発するマイナスエネルギーが低下するものと思われますが」 クロムウェルが淡々と呟くヤプールに指示を仰いだ。 しかし、本物のクロムウェルはとっくに処分されている。成り代わったナックル星人も、 タルブ戦で息絶えた。だというのに、クロムウェルがまだいる。今度は一体何者が化けているのか。 『我らが支配者! 今度はわたくしめに出撃の命令を! 最早宇宙人連合など、アテにはなりませぬ』 クロムウェルの部屋に、緑色の目をした怪人がどこからか空間転移により現れた。両手は ハサミになっており、頭部には紅葉に似た大きなヒレが生えていて、その派手さにより目を引きつけられる。 この怪人の名はギロン人。どこの星の宇宙人かは定かにはなっていないが、雇われの宇宙人連合とは違い、 ヤプール人に直接仕えて忠誠を誓う異星人なのだ。 『私に超獣を何体かお貸し頂ければ、ウルティメイトフォースゼロなど、軽くひねってやりましょうとも!』 ゼロたちの強さを知ってか知らずか、やたら大きなことを述べるギロン人に、ヤプール人が返答する。 『ならぬ。超獣はまだ育ち切っていない。今のままではウルティメイトフォースゼロには勝てん。 超獣を出すのは、もっとマイナスエネルギーを集めてからだ』 『はッ! 出過ぎた真似を致しました!』 ギロン人はあっさりと申し出を取り下げた。ヤプール人に危ういほどに心酔しているようだ、 と傍観しているシェフィールドは評した。 『しかし、ギロン人、お前には出撃してもらうことにしよう。差し当たっては、こいつらを使うといい』 ヤプール人が片手を上げると、部屋の片隅の鉢植えが突然ガタガタと音を立てて揺れた。 シェフィールドらが目を向けると、その陰から正体不明の物体がいくつか這い出てきた。 「ほう、これらは……支配者よ、また面白いものをご用意されましたな」 シェフィールドは出てきたものが何か知らなかったが、クロムウェルとギロン人には心当たりが あったようだ。ニヤニヤと不気味な笑みを見せている。 『そしてもう一つ。ウルティメイトフォースゼロを釣り出すのに、餌が必要だ。その餌は、 こいつが適任だろう。入ってこい』 更にヤプール人の指示により、扉が外から開かれて金髪の凛々しい顔立ちの、だが顔に 生気が全く見られない、気味の悪い青年が入ってきた。 『まずはこいつを使って、トリステインの新女王、アンリエッタを釣り上げる。それで奴らは 必ず誘き出される。そこを一気に畳んでしまえ! ギロン人!』 『ははぁッ! お任せ下さい!』 背筋を正してヤプール人に応えるギロン人。 その背後に控えた、新しく入ってきた青年は、王党派と貴族派の最後の決戦の折に、 ワルドに殺害されたはずのウェールズ皇太子だった。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第55話 大怪鳥空中戦!! (前編) 始祖怪鳥 テロチルス 登場! 長い夜が明けて、翌日、一行は帰りにまた必ず立ち寄ることを約束し、タルブ村を旅立った。 ラ・ロシュールはタルブ村から三時間ほどかけて山を越えたところにある港町だった。人口はおよそ三百人ほど、 街としての規模では大きなものではないが、港町だということで、常にその一〇倍以上はある人数でにぎわっている。 だけれど、ここにたどり着いたときに才人が得た感想はそういうことではなかった。 「山の中にある港町なんて、初めて見たぜ」 見渡す限り、町の周囲は切り立った山肌で覆われていて、海の姿などはどこにも見えない。それもそのはず、 ここは風石によって浮遊する空中船のための港であり、古代の世界樹と呼ばれていたらしい数百メートルはある 巨大な枯れ木を桟橋代わりにした、役割としては空港に近いものだったからだ。 一時期は、アルビオン王党派とレコン・キスタの戦争で出港数が減っていたが、今はまた行き来する回数も増えて 町は非常なにぎわいを見せている。一行は、そんな活気のある街中を潜り抜け、港湾事務所でちょうどこれから 出航する予定の客船の切符を七人分買った。 「家族割りとか団体割引とかありゃいいんだけどな」 料金は一人当たり四〇エキュー、全員合わせて二八〇エキューで、才人のぶんはルイズが、アイのぶんはロングビルが 出して、シエスタのぶんは旅行中の貴族三人の世話代としてルイズ、キュルケ、タバサが少しずつ持っていたのだが、 片道だけでのこの料金の高額さに、いいかげんこちらの世界の金銭感覚も身についてきていた才人は、どうにも 居心地の悪さを感じていた。ちなみに、平民の一年間の生活費は平均一二〇エキューほどである。 「なに? その家族ワリとか団体ワリビキとかって?」 平然とした様子で金貨で支払いをしていたルイズが、聞きなれない単語を聞きつけてたずねてきた。 「家族でとか、一定以上の人数で買い物をすると料金が安くなるシステムのことさ。他にも、特定の曜日とか、 ある数字のつく日には安売りをするってサービスもあったな」 旅行会社のCMや、スーパーやレンタルビデオのポイント制など、地球では客寄せのために様々なシステムが ちまたにあふれていたが、ハルケギニアではまだ経済そのものが未成熟なようで、同じものでも店によって 金額が大幅に違ったり、法外な値段がまかり通っていたりとけっこう苦労したものだったが、どうやら上級貴族の ご令嬢であるルイズにはよく伝わらなかったようだった。 「へーえ、で、それがなんなの?」 「なんなのって……そりゃお前、どうせ買うなら安いほうがいいだろ。そういうシステムがあれば、もっと安く船に 乗れるのにって思ったんだが」 「はーあ、平民はこれだからね。いいこと、貴族はそんなさもしいことはしないで、常に最高のものを求めるの、 わずかばかりのお金にこだわるなんて、ほんと恥ずかしいったらないわ」 胸を張って、貴族のあるべき姿というやつを講釈するルイズだったが、才人は大きくため息をついただけで 肯定も否定もしなかった。いや、返事をする気も失せていたというほうが正解だろう。わずかばかりの金だと 偉そうに言うが、それだけあれば何日食っていけるか、そういえば前にギーシュの家は戦場で見栄を張って 目立つために、いまや借金まみれで成り上がりのクルデンホルフに頭が上がらないと聞いたことがあった気が するが、なるほど実例が目の前にいるとよくわかる。しかも、こちらは後ろ盾の財源がギーシュなどに比べて 莫大であるために、金と湯水の区別がついていない上に悪意がないのでなお性質が悪い。 けれど、才人が返事をしないのを肯定だと受け取ったのか、ルイズはさらに自信を増して、傲然といえるほどに 居丈高に才人に命令してきた。 「いいこと、あんたもこのわたしの使い魔なら、そんなつまらないことは考えないで、もっと優雅にふるまうことでも 考えていなさい」 どうも久しぶりに、ルイズにはじめて会ったとき以来の胸のむかつきが蘇ってくるのを才人は感じていた。 価値観がまったく違うゆえのすれ違いはこれまでもあった。ただしルイズなりの譲れない矜持に関わるものには 才人もある程度の理解を示せていたが、こればかりは一パーセントも同調できない。 「なによ、なんか文句があるの?」 本人には自覚はないだろうが、貴族の傲慢さをそのまま表に出して命じてくるルイズに対して、才人は言い返そうか、 それとも形だけは従って要領よく済ませようかと考えたが、彼と同じように顔をしかめているロングビルとシエスタの 顔が目に入って意を決した。 「優雅、ね。別に、お前がどうふるまおうと勝手だが、その金はお前が汗水垂らして稼いだ金じゃないだろ。 それで優雅な生活をしようなんて、ねえ」 「……っ! な、なによ。わたしがわたしのお小遣いでどうしようと当然のことでしょ」 「ああ、そりゃお前のお父さんやお母さんが頑張って領地の人たちのために働いて、収めてもらった税金だろ。 お前の両親が使うなら当然だけど、お前何もしてないじゃん」 「……っ!」 ルイズは何も言い返せずに沈黙した。効果的な反論など、できるはずもなかった。才人とても、洗濯やら 掃除やらの雑用をこなして毎日を食わせてもらっている身分だから、今のルイズに対して遠慮する気は まったくなく、的確にルイズの急所を射抜く言葉を放っていった。 「もし、お前のお母さんに、働かずに優雅な生活をしたい、とか言ったらなんて言われるかね」 それが、とどめになった。特に深く考えなくても、あのカリーヌにそんなことを言えば、どういう反応が返って くるかは目に見えているからだ。ルイズは悔しさと恥ずかしさのあまりに顔を赤く染めて、脂汗を流してうなだれている。 けれど、才人はまだ言いたいことはあったが、それ以上ネチネチ言うのはやめておいた。説教など柄ではないし、 今回はとりあえずルイズに、まだ自分が両親の背中に背負われていて、乳母車の上からドレスを着てパーティに 出ようとしていることを思い知らせれば十分だった。シエスタとロングビルもすっきりしたようだし、逆ギレされても 面倒なので、ざまあみろ程度で引き下がっておこう。 けれども、そう思った矢先にルイズはいきなり自分の財布を全額才人に押し付けてきた。当然才人は何を するんだと押し返そうとするが、ルイズは強引に財布を押し付けて怒鳴った。 「その財布は、あんたが持ってなさい!! あたしが持ってると、その……無駄遣いしちゃうから……だけど! 勘違いするんじゃないわよ! 万一にも帰りの旅費が無くなっちゃわないように、それまで、預けとくだけだから、 あんたを信頼して渡すとか、そういうんじゃないからね!!」 「……了解」 財布をパーカーの内ポケットにしまいこみ、才人はそれっきりそっぽを向いてしまったルイズを見て苦笑した。 まったく、理解力は充分に備わっているはずなのに、表現が不器用だったらない。だがそれでも、お金の 大事さを少しでも理解してくれたならそれでいい。なお、キュルケも今だ親に食わせてもらっている身分には 違いないので、今回ばかりは他人事とは思えずに、化粧する回数を減らそうかなとひそかに考えていた。 その後、一行はのんびりとレリアに用意してもらったブドウジュースなどを飲みながら乗船時間を待っていたが、 やがて荷役用のドラゴンを使ったコンベアで空中を運ばれて、馬車ごと一隻の大型客船に収容された。 「でっかい船だなあ」 才人は乗り込んだ大型船の甲板を見渡して感嘆とした。姿かたちこそ中世的なガレオン型の帆船だが、 全長一五〇メイル、全幅二〇メイル、四本マストの威容は自分がボトルシップの中に紛れ込んでしまったように思える。 「ふふーん、それは当然よ。この『ダンケルク』はトリステインの誇る最大の豪華客船だもの! 本当ならあんた みたいな平民は、最下層の船底でネズミ退治しながらでもやっと乗れるかどうかってとこなのよ」 ルイズの鼻高々な自慢話も今回は素直に聞けてしまう。無駄なく作りこまれた船体構造と、美しく飾り付けられた 装飾や、船首の女神像などはド素人の才人でもかっこいいとしか表現できない。収容能力も乗客を馬車ごと 積み込めることから、いわゆるカーフェリーの機能も有していると見え、さらにシルフィードなどの大型使い魔も 世話する施設もある。なんとまあファンタジーの世界もたいしたものではないか。 が、そうして才人の尊敬する眼差しを気持ちよさそうに受け止めていたルイズを、キュルケの一言がしたたかに 打ちのめした。 「そりゃ当然よ。だってこの船は元々ゲルマニアで建造された客船『シャルンホルスト』をトリステインが 買い取ったものですもの、出来がいいのは当然よ」 「な、なんですって……?」 「あら? 知らなかったの、冷静に考えてごらんなさいよ。トリステインにこんな大船を建造できる技術があるはず ないじゃない。入れ物だけもらって飾り立てはしたみたいだけど、やっぱ素材がよくないとねえ」 ルイズの機嫌が目に見えて悪くなっていくのを、才人はペギラのせいで凍り付いていく東京の風景のように見て、 ここで爆発でも起こされて退船を命じられては大変と、話題を変えることにした。 「まあまあ、ところでロングビルさん、俺達の船室は?」 「あっ、それならデッキ下の二等船室を三部屋取ってありますから、お好きなときにお休みになってください」 しかし、それがなおルイズの機嫌を悪くすることになった。 「二等船室? わたし達は中流貴族なんかじゃないのよ、なんで一等船室をとらなかったのよ」 ラ・ヴァリエールのルイズは、当然一等船室が与えられるものと思っていたが、それと比べるとかなり風格の 落ちる二等船室には我慢できないようだった。さっきのことがあったばかりだが、やはり身についた習慣は そう簡単には変われないようだ。もっとも、二等でも一流ホテル並みの様式はあるし、料金も平民が数ヶ月は 遊んで暮らせるだけはあるのだが。 「はぁ、それが実は一等船室は全部貸切状態でして、申し訳ありません」 「貸切? このご時世にどこの金持ちだか知らないけど豪勢なものね」 自分のことはすっかり棚に上げてえらそうに弾劾するルイズの姿を、キュルケやシエスタなどはおかしそうに 見ていたが、急にその一等船室のあるマスト直下のトップデッキから聞きなれた声がして、一同はそろって振り返った。 「ん? 聞きなれた声がすると思えば、ラ・ヴァリエール嬢にサイトではないか」 「おお、本当だ。おーい、ルイズ、ぼくのルイズ」 そこにいた、青髪の女騎士と、口ひげを生やした長身の貴族を見て才人とルイズは目を丸くした。 「ミシェルさん」 「ワルドさま!」 なんと、ここでこの二人と会うとは思っていなかった一行は、お互いに顔をつき合わせて驚きあった。 話を聞いてみたら、先日話したアルビオンへの特使としてこれから王党派の元へと向かう途中だという、 一行はそういえばそんなことを言っていたなと思ったが、まさか同じ船に乗り合わせるとは予想外だった。 「また会いましたねミシェルさん、お元気でしたか」 「おかげさまでな、今じゃ銃士隊は入隊希望者続出で大忙しさ。どうだ、お前も入ってみる気になったか」 すでに気心の知れた仲である二人は、王女の魔法学院来訪以来の再会を素直に喜び合っていた。だが、 その一方でルイズとワルドは。 「ワルドさま、少しおやつれになりましたか?」 「ああ……あの怪獣との戦い以来、君のお母様が教官についてくれてね。【『烈風』カリンの短期修行コース・ 初級編】というのをやらされていて、連日オーク鬼の巣に放り込まれたり、素手でコボルドと戦わされたり、 目隠しして弓矢や魔法を避けさせられたりと、しかもそれが精々基礎体力作りだっていうんだから、せっかくの 一等船室でも疲れがなかなかとれないよ」 肉がげっそりと落ちたワルドの姿を見て、一行は『烈風』カリンは現在でも絶好調だと確信した。今頃は 残ったグリフォン隊の隊員たちがしごかれているだろう。『烈風』、いまだ衰えず。 こうして、思いもかけない再会を果たした一行を乗せた『ダンケルク』号はラ・ロシュールを出航した。 目指すはまだ見ぬ北の国、帆を揚げろ! 取り舵一五度! とぉーりかーじぃ!! 船乗り達の勇壮な叫びが青空に 吸い込まれていく。そこで待つものは何か? 速度を上げて、浮遊大陸アルビオンのある北の空に飛び去っていく『ダンケルク』号の姿は、遠くタルブ村 からも一望できていた。 「行きましたわね。私たちの子供達が……」 村はずれの、ガンクルセイダーを収めた寺院のそばの墓地から、レリアは娘の乗っているであろう船を 見送っていた。この墓地には、彼女の祖父、佐々木が今は眠っている。そこへ、木陰から青いローブを まとって姿を隠した長身の人物が現れた。 「すまなかったなレリア、面倒な役目を押し付けてしまって」 「いいえ、ようやくずっと話したくて話したくてうずうずしていたことをしゃべれたんですもの、楽しかったですわ。 けど、あなたの娘にくらいはご自分でお話すればよかったのではなくて?」 レリアに、誰もいませんよと呼びかけられると、その人物はローブのフードを脱いで、長く伸びた桃色の ブロンドの髪を頭の後ろでまとめて、鋭いながらも今は穏やかな光をたたえた素顔をさらした。 「こんな恥ずかしいこと、面と向かって言えるわけがあるまい。それに、子供に甘い顔は見せられん」 「あらあ、娘が宮廷に上がるときには始終使い魔をそばで見張らせて、魔法学院に入学してからも、うちに 来るたびに心配だ、心配だとうわごとのように言っていた人が甘くないですって?」 「うっ……ぜ、絶対にそのことはあの子には言ってはいかぬぞ」 「あらあら、最近の貴族様は、人にものを頼むときの態度もご理解してはいらっしゃらないのかしら? それなら、軽薄な平民のお口はかるーくなってしまうかもしれませんわね」 思いっきりにこやかに、しかし目だけは全然笑っていない作り笑顔をレリアに向けられて、彼女はシエスタに 胸の大きさでやり込められたときのルイズのような表情を一瞬浮かべると、仕方なさげに、いないはずの 人の目を改めて確認して頭を下げた。 「お願いします。このことはどうか内密にしてくださいませ」 「よろしい。よくできました」 もし、誰かがこの光景を見ていたとしたら、自らの目を疑ったことは疑いようもないだろう。それほどに、 今一平民に頭を下げている人物の一般的なイメージは強烈なのだ。 けれど、貴族に思いっきり卑屈な態度をとらせたことで、いたずらにも充分満足したレリアは再び空のかなたの 船に目を向けると、感慨深げにつぶやいた。 「それにしても、二日前に急にあなたがここにいらして、突然娘がそちらに行くから、あのときのことを話して やれと言ってきたときには驚きましたよ。なにか、あったんですか?」 「……お前も薄々は気づいているだろう。今、この国は……いや、ハルケギニアは激動の時代を迎えようと している。ヤプールの襲来以来、凶暴化する亜人たち、どこからともなく現れる異形の者たち」 「ええ、まるで三〇年前のときのように、この世界中がなろうとしているのかもしれません」 国を問わずに巨大な怪物が現れ、侵略者の手先が跳梁跋扈する。すでに、このタルブ村もコボルドの群れに 襲われ、平穏な場所ではなくなっている今、レリアにも時代の変化は十二分に感じられていた。 「そんななか、私の娘が召喚した使い魔が、ササキやアスカと同じ黒い目と髪を持つ少年だったことは、 もはや単なる運命のいたずらとは思えない。これから、あの子の存在がこの世界の存亡に関わってくると 思ったのは、考えすぎだろうか」 「いいえ、私も、あの少年がガンクルセイダーを簡単に動かしたときは、アスカさんが戻ってきたのかと 思いましたもの。そこに、また私の娘も関わってくるなんて、よほど縁があるんでしょうね」 「だからな、あの子たちが運命に飲み込まれてしまう前に、私から託せるものは全部与えてやりたいと思うのだ」 「親バカですわね」 「お互いにな」 顔を見合わせて微笑みあう二人の顔は、貴族でも平民でも、ましてや戦士でも農婦でもない、ただの母親の顔だった。 やがて、彼女たちの血を分けた子供たちを乗せた船は、ゆっくりと遠くの山のかなたへとその姿を消していく。 その旅路の先に、何が待っているのかは神ならぬ彼女たちには知りようもない。しかし、一人の人の親として 願うのは、ただ無事に帰ってきてくれということだけ。 そして、空の果てへと消えていく船影を最後に望み、二人は静かにつぶやいた。 「娘をよろしく頼みますよ、異世界の少年……今度は、我らの子供たちが往く……」 ………… けれども、当の異世界の少年は、そんな母親たちの期待とは裏腹に、おのぼりさん全開で豪華客船『ダンケルク』号の 乗り心地を楽しんでいた。 「いやあ、いい眺めだなあ」 当初乗船料金の高さに遠慮していたが、いざ乗ってみると甲板から下界を眺める風景はまさに絶景だった。 昔修学旅行で九州へ行ったときに乗ったジャンボから見た風景とはまた別の趣がある。そんな彼の隣には、 ミシェルが並んで手すりに腕を置き、常は見せない穏やかな顔をしていた。 「はっはっは、田舎者まるだしだぞサイト、もっとしゃきんとしろ、仮にも公爵令嬢の使い魔だろう」 「いんですよ、そんなもの。使い魔はしゃあないとしても、俺は奴隷でも下男でもないんだから」 実際、才人はルイズに仕えてはいるが、才人もルイズに保護されているということを自覚しているので、 二人の関係は初期のいがみあったものから、今では表面上はともかく二人の信頼関係は相当なものといっていいだろう。 「ふむ、しかし平民のお前が貴族たちばかりの中で、よくそんなに自由にしていられるな」 「そうでもないよ。ま、最初は大変だったけど、付き合ってみたら貴族の中にもいい奴はいっぱいいるし、王女様も 優しい人だし、今じゃトリステインもけっこういい国だと思ってるよ」 「そうか、トリステインがいい国か……」 なぜか自分の国がほめられたというのに、ミシェルは表情にかげりを浮かべていた。才人はそれを、船酔い でもしたのかなと気楽に思っていたが、彼女は遠くの空を寂しげに眺めながら、軽く息をついて語りだした。 「なあサイト……私は今でこそ銃士隊の副隊長なんて職務を預かっているが、数年前まではそれはひどい 暮らしをしていてな。それこそ、生きるためにはなんでもやったものさ」 じっと、才人はミシェルの昔話に耳を傾けた。 「幼い頃に、それなりに裕福だった実家が没落して、後は天涯孤独、父の昔の友人が後見人になってくれる までは、それこそ今日を生きるのが精一杯だった」 「……」 ぽつりぽつりと、懐かしさとは程遠い思い出を語るミシェルに、才人はなぐさめの言葉をかけはしなかった。 このハルケギニアでは、そのぐらいの境遇は珍しくないし、彼女もそれを求めてはいないとわかっていたからだ。 「人買いの元を転々としたこともあったし、売られた屋敷から着の身着のままで逃げ出したこともある。 盗みも騙しも殺しも、あのころの私は人間ですらなかった」 アイの境遇と似ているなと、才人は心の中で二人を重ね合わせた。両親を失ったアイは幸いにも、 ミラクル星人やロングビルという引き取り手にめぐり合えたが、全体からすればほんの一部なのだろう。 「それで、今になって思うことがあるんだ。こんな悪党がのさばり、平気で安穏とすごし続ける国とは、 いったいなんなんだろうって」 「でも、お姫様はそんな国を変えようとしていますよ」 才人は政治のことはよくわからないが、先日魔法学院でアンリエッタが見せた手腕だけでも、彼女が 非凡な才覚の持ち主だということはわかる。 「ああ、確かにこの国は変わりつつある。けれど、いつまでも姫様が統治していられるというわけでも あるまい。今アルビオンで反乱を起こしているレコン・キスタというのは、王族によらずして、政治を おこなう改革をハルケギニア全土に広め、エルフから聖地を奪還することを目指しているそうだ、 私は立場上、彼らと戦わねばならないが、王権から脱した新しい政治体制には興味を引かれなくも ない……お前はどう思う?」 そう言われては、政治に興味がなくても返答しなければならない。正直、社会科の成績はあまり よくなかったが、あごに手を当てて考える仕草を数秒見せた後、才人は自分なりの考えを披露した。 「……少なくとも、トリステインには必要ないんじゃないかな」 「なぜだ?」 「俺も、ルイズからざっと聞いたことがあるけど、レコン・キスタって言ってみれば、『王様になりたい奴ら 連合軍』だろ。聖地がどうたらこうたら以外には、別段これといった改革も聞きゃしないし、第一平民の ほとんどはそんなこと望んでないよ」 国民の中に現体制への不平不満を持つ者はそれはいる。しかし、それは地球でもどこの国でも 同じであり、日本、アメリカ、ヨーロッパ、孤児もこじきもなく政権に不満を持たれない国家など存在しない。 才人が比較対照にしたのは、中学の授業で出たフランス革命だったが、重税に耐えかねた民衆が 自発的に起こした革命とは明らかに様相が違う。それに、無理に共和制にしなくても、地球にだって まだ王国は数多く残っている。 「そんな、単なる王様のとっかえっこごっこをしたところで、今よりよくなるとは思えないしね。むしろ、 能力があれば平民でもどんどん取り入れられていくっていう、ゲルマニアのほうがいいんじゃないか?」 それは才人の率直な意見だった。今あるものが悪いからといって、新しいものがそれよりよいものだと いう保障などはどこにもなく、それは願望という色眼鏡をかけて見える虚像に過ぎない。 「だが、アンリエッタ姫の退位後、また政治が乱れたらどうする?」 「そんときは、あらためて革命だのなんだの起こせばいい。どっちみち、いいことでも押し付けられた ことは、定着しやしないよ」 他者から押し付けられた秩序には必ず反発が来る。仮に、宇宙から地球人よりはるかに優れた 宇宙人がやってきて、「愚かな人間を、我らが統治して永遠の平和と完璧な秩序を与えてやろう」と、 言ってきたとして、それはすばらしいと諸手を上げて受け入れるだろうか? 答えは簡単、余計なお世話と 言うだけだ。たとえ善意でも、押し付けではそれは侵略と変わりない。明治維新、アメリカ独立など、 どれもきっかけは外圧だが、当事者たちが自発的に起こした結果である。 「で、俺の結論だけど、今のトリステインに革命は必要ない。少なくとも当分は」 「それでも、今のトリステインには自らの利権ばかりを求める薄汚い奴らが大勢いる。お前はそれらを なんとかしたいとは思わないのか?」 「そりゃ、俺も嫌いな奴はいるよ。けど、毛虫がついたからって木を切り倒しては、若木を植えなおしても 実が生るまですごい年月が必要になる。面倒でも、ついた虫を駆除していかないと、やってくる小鳥まで 迷惑する。木を植えなおすのは、木自体が老いて倒れたときでいい」 我ながら下手な比喩だと思うが、ミシェルの言う国を手術して一気に治す方法に対して、才人は投薬や リハビリで長期的に治す方法を提示してみせた。だがそれ以上に、才人はハルケギニアを手術しようと しているというレコン・キスタという医者が信用できなかった。国を食いつぶす寄生虫を追い出したとしても、 後に戦争好きのガン細胞が住み着いては迷惑この上ない。 才人は言いたいことをしゃべり終わると、彼にその問題を出した相手の顔をのぞき見たが、その顔色が 彼女の髪の色にも似て青白く見えて、自分がとんでもなく愚かなことをしゃべったのではと急に不安に なって、慌てて説明を求めた。 「あの、俺なんか変なこと言いましたか?」 すると、ミシェルは残念そうに目じりを落とし、作り笑顔で答えた。 「いや、お前も貴族に虐げられている身分だから、反王制の革命を望んでいるかと思ったのだがな。 正直、私にとっても色々と考えさせられることがあって、有意義な話だった。だが、お前は平民のくせに ずいぶんと博識だな、その歳でもう政治評論ができるとは」 「まあ、俺の国じゃ誰でも一応は学校に行けたから、それくらいはね」 そこだけは誇らしげに才人は語った。 「なるほど、お前はずいぶんと住みいい国にいたみたいだな」 「そうでもないさ」 それも、才人にとって偽らざる本心だった。住めば都というわけではないが、地球を懐かしいとは思うが、 トリステインに比べて天国だったなどとは思わない。どちらも所詮人間が集まったものである以上、 自然破壊やすさんだ人間の心など、問題は数多い。 「それよりも、なんでそんな話を俺に?」 「……そうだな、そういえばなぜだろう?」 「はぁ?」 ミシェルが本気で不思議そうに首をひねるので、逆に才人のほうが面食らってしまった。 「強いて言えば、これから重大事に臨むにあたって、誰か信頼できる人物に愚痴を聞いてもらいたかった…… サイト、お前だからかな」 「えっ!?」 そのとき、気恥ずかしげに微笑んだミシェルの顔が、やけに可愛らしく見えたので、才人は思わず 息を呑んで、その顔を失礼にもしげしげと見回したのだが、彼の心臓が下手なダンスを踊りだすころには、 彼女はすでにいつもの人を寄せ付けない孤独な表情に戻って、空の果てに視線を差し向けていた。 気のせいだよな……才人は意味もなく高鳴った鼓動を抑えながら、一瞬持ち上がった考えをありえないと 脳内のダストシュートに放り込んだ。ミシェルの見る空の先には、いったい何があるのだろうか…… アルビオンは、まだ影も形も見えない。 そこへ風魔法を使った船内放送が流れてきた。 "ただ今より、トリステイン・ゲルマニア・アルビオン連合護衛艦隊が合流します。一般のお客様方に つきましては、航海の安全を保障するものですので、どうかご安心ください" 甲板から身を乗り出して見ると、『ダンケルク』に追いつくように、多数の砲門を構えた戦闘用帆船が何隻も追走してくる。 「なんだあ? あの艦隊は」 「なんだ、知らないのか? このところ、アルビオン航路の船が何隻も消息を絶つ事件が相次いでいてな、 戦争に便乗した空賊の仕業とする説が強くて、こうして厳重に防備しているってわけさ。なにせ、乗せている ものは我々だけでなくて、王党派への膨大な物資もある。同盟締結を望むゲルマニアも念を入れて艦艇を 派遣してきているくらいだ、見ろ」 ミシェルの指差した先には、中型の船体に外からでもよくわかるくらいに大きな砲を無理に取り付けた、 ややアンバランスな印象を受ける艦が飛行しており、彼女はそれらも合わせて艦隊の概要をざっと説明してくれた。 まず、前述の二隻はゲルマニアの砲艦『メッテルニヒ』『タレーラン』といい、小型でありながらその火力は戦列艦に 匹敵するという。 別のほうを見渡せば、護衛艦隊にはトリステイン空軍の四隻の巡洋艦と、その後ろには戦列艦並の船体の 艦首から中央にかけてだけ砲門を揃え、艦尾側には竜騎士を搭載するスペースを備えた奇妙な艦、今度実戦配備 されることになる新鋭の『竜母艦』という艦種の実験艦、無理矢理艦種を定めるならば『戦列竜母艦』とでもいうべき 恐らく最初で最後の一隻になるであろう孤高の、『ガリアデス』が巨影を浮かべ、さらにその艦隊先頭には、 アルビオン王国が今回の使節への礼として送り込んできた大型戦艦『リバティー』がその堂々たる威容を浮かべている。 これらの艦隊が『ダンケルク』号をはじめ、貨物船『マリー・ガラント』『ワールウィンド』『ラングレー』を 囲んで堂々たる輪形陣を組んでいた。 「大艦隊だな」 単純に感想を述べた才人は、漠然とだが、この同盟にトリステインや他の国がどれだけ注目しているかを 感じた。もしこの同盟が正式に締結できればレコン・キスタに対して各国連合軍は圧倒的な戦力で挑むことが できるが、万一失敗すれば、孤軍で戦っている王党派に対してレコン・キスタにも勝ち目が出て、アルビオンが 制圧されてしまう恐れがある。 「まあ、これだけの護衛がついていれば空賊など恐れるに足るまい。安心しておけ」 「ああ」 特に考えもなく答えた才人だったが、その言葉ほどには安心してはいなかった。何か根拠があったわけでは ないが、何かこの先から漂ってくる風にはいい感じがしない。杞憂であればよいのだが…… しかし、悪い予感というものは往々にしてよく当たり、それは空賊などという生半可なものではなかった。 「敵襲ーっ!!」 陸地から洋上へ艦隊が出たとたん、けたたましい鐘の音とともに響いてきた声に、才人たちは船室から メインデッキに駆け上り、そこで護衛艦隊の砲火を悠然とかわしながら飛んでいる巨大な鳥の姿を見た。 「巡洋艦『トロンプ』大破! 墜落していきます!」 その巨鳥の体当たりを受けて、船体の半分を失って沈んでいく帆走巡洋艦の姿を、一行は呆然と 見つめていた。そいつは、あの『烈風』カリンのラルゲユウスにも匹敵する巨体を持ち、真っ赤な頭と鋭い くちばしを持った姿は、伝説のロック鳥を思わせる。そんな悪夢のような存在が今、甲高い鳴き声をあげながら、 撃沈した船の乗組員をついばんでいた。 「始祖怪鳥、テロチルス……多発する遭難の原因はこいつだったのか!?」 巡洋艦を体当たりで沈めながら、かすり傷ひとつ負わずに飛び続ける巨影を間近に見て、才人はこれなら 空賊のほうが百倍よかったと、会った事もない空賊たちに何で来てくれなかったのかと理不尽な怒りを向けた。 かつて帰ってきたウルトラマンでさえ一度はとり逃した、白亜紀に生息していた凶暴な肉食の翼竜…… 空中戦においては絶大な戦闘力を誇り、MATの主力戦闘機マットアローもまったく歯が立たなかった。 ましてや、球形の砲弾を撃ちだすしかできないこの艦隊の火力など考えるにも及ばない。 「サイト!」 「ああ、テロチルス相手じゃこの艦隊の武装じゃ歯がたたねえ!」 見ると、テロチルスは艦隊の砲撃を意に介さずに、悠然と艦隊の前面に回りこもうとしている。戦艦 『リバティー』が大口径砲での攻撃をかけているが、テロチルスは新マンのスペシウム光線さえ跳ね返した 相手だ、そんなもので撃墜できるはずがない。戦列竜母艦『ガリアデス』からも竜騎士が緊急発進しているが、 速度が違いすぎて追いつくことさえできず、逆に追い詰められてぺろりと平らげられてしまう始末だ。 今、この艦隊を全滅から救えるのは自分達しかいないと、才人とルイズは無言で視線を合わせた。 しかし、そうしているうちにもテロチルスの攻撃は続く。 "上甲板のお客様! 危険ですからすみやかに船内へご避難ください、大丈夫です。本船は強力な 護衛艦隊が防御しています。必ずや敵を撃退してくれますので、どうか落ち着いてご避難ください!" ぜんぜん大丈夫ではない。才人はそういえば昔見た何かの映画でも、絶対大丈夫とかえらそうなことを ぬかしていた割には、あっさり空賊に用心棒を撃ち落されて拿捕された豪華客船があったなと思い出した。 しかし、確かに上甲板にいても振り落とされる危険がある。ここは洋上、貴族なら落ちても『フライ』で 助かるかもしれないが、陸地まで精神力が持つまい。ただし、こちらには別に方法がある。 「タバサ、シルフィードを放しましょう!」 「急ごう」 タバサとキュルケは、急いでシルフィードを解放しようと、使い魔用の檻のほうへと走っていった。 残った面々のうち、ロングビルとシエスタはすでにアイを連れて船室へ避難していき、才人とルイズは 船内への扉の前まで行ったところでUターンして、舷側に走りよった。 「リバティーが、燃えてる……」 テロチルスの攻撃の前には、巨大飛行帆船もまったくの無力だった。これまで堂々たる威容を 見せていた巨大戦艦は、まだ沈んではいないものの、マストの一本をへし折られ、左舷から砲弾の 炸薬の引火によるものと思われる黒煙を噴出している。 さらに、奴はリバティーに体当たりをして離れる際に、またその巨大なくちばしに、何人もの白い 水兵服の人間をくわえていた。 「野郎……もう許しちゃおかねえ!」 必死に手を振りながらテロチルスののどの奥に消えていった人影を見て、ついに才人の怒りも 頂点に達した。 「ルイズ、いいよな!」 「ええ、ここでこの船が沈められたら、ハルケギニア全体が戦禍に飲み込まれる危険もあるわ。 行きましょう!」 そのとき、二人の思いに呼応するように、二人のその手のウルトラリングも輝いた。艦隊前面で 再襲撃の機会を狙っているテロチルスを見据え、その手を上げて、同時に振り下ろす! 「ウルトラ・ターッ……!?」 「きゃあっ!?」 だが、二人の手のひらが重なりかけた瞬間、突如二人を強烈な爆風と衝撃波が襲い、二人は 甲板に叩きつけられてしまった。 「ぐぅぅ……大丈夫かルイズ?」 「なんとかね……それよりも、今のは?」 才人の手を借りて立ち上がったルイズは、船尾方向から真っ赤な光が『ダンケルク』を照らしてくるのを見た。 "弾薬輸送船マリー・ガラント、爆沈!!" 何が起きたのか理解できなかった二人に、明確な答えを与えたのは、右舷にいた砲艦『メッテルニヒ』 から流れてきた放送だった。艦隊の最後尾にいた輸送船、王党派に渡す予定だった大量の火薬を積んでいた 『マリー・ガラント』号は、その全身から火炎を吹き上げながら、目的地を海底へと変えてまっ逆さまに墜落していく。 あれでは、生存者は誰もいるまい。 しかし、二人は燃え盛る『マリー・ガラント』を見て思った。 「なんで!? 怪獣は正面にいるのに」 「まさか……」 そうだ、艦隊の真正面にいるテロチルスが、最後尾にいた『マリー・ガラント』を攻撃できるはずがない。 そして、才人の悪い予感は再び最悪の形で実現することになった。燃え盛る『マリー・ガラント』の断末魔の 炎の中から、テロチルスのものとは違う野太い鳴き声が『ダンケルク』をはじめとする全艦に響き渡ったのだ。 「おい……」 才人は、その声に聞き覚えがあった。忘れもしない、ウルトラマンメビウスが地球に来てあまり経たないころ、 テレビのニュースでは、三三年ぶりに噴火を始めた大熊山のことが報道されていた。はじめこそ、単なる 火山噴火のニュースかと思われていたのだが…… 「うそだろ……」 黒煙の中から、その巨体を現す黒い影、真っ赤なとさかと槍のようなくちばし、その下に垂れ下がった毒袋。 輸送船を一撃の体当たりで撃沈させ、なおも恐ろしげな鳴き声とともに飛翔を続ける極彩色の巨鳥。 かつて、二人のウルトラマンを死に追いやった恐るべき空の悪魔が、今そこにいた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第77話 時を渡るゼロ 時空怪獣 エアロヴァイパー 超力怪獣 ゴルドラス 登場! 並行宇宙、我々のいるこの宇宙は一つではなく、様々な違いを持った別の世界が 無数に点在しており、それぞれの世界では同じ人物がまったく違う人生を歩んでいる こともあるという。 それをパラレルワールドといい、その存在を提唱するものを多次元宇宙論という。 たとえば、ウルトラ兄弟のいる地球のある世界をAとすれば、このハルケギニアの ある世界はBということができる。普段、それらの宇宙は互いに干渉することは ないものの、ごくまれになんらかの理由でこれらを行き来することができるように なることがある。 それらは故意、あるいは事故の場合もあるが、ルイズの使った召喚魔法、 チャリジャの時空移動とイザベラの召喚魔法が偶然に重なったとき、グランスフィアの 超重力圏内に呑まれたウルトラマンダイナの時空移動などがある。 だがそんななかでももっとも恐ろしいものは、時空を超えてやってくる侵略者の存在である。 その最たるものであるヤプールの異次元空間も、広義的に見れば並行宇宙の 一つとも言え、並行宇宙からの攻撃は容易に反撃できないために、悪質さは 数ある侵略方法の中でも群を抜く。 今も自らの空間で復活を遂げたヤプールは、ハルケギニアを拠点として力を ためていずれ地球への攻撃をかけるだろう。 ただし、ヤプールもウルトラマンたちも考えもしていないことだが、あまりにも 数多くありすぎる並行宇宙の中に潜む悪意は、本当にヤプールだけなのだろうか? そんな謎だらけの異世界の一つ、四次元空間、別名を時空界、時空間とも いうそれは、いまだ人類のとぼしい科学力では理解することのできない魔境。 そこへ不幸にも吸い込まれてしまった才人、ルイズたちの一行は、キュルケたちが 超力怪獣ゴルドラスを引き付けているあいだに、この四次元空間の中で、唯一 完全な形で現存していた空を舞う翼、ゼロ戦を蘇らせようとしていた。 「申し訳ありません。あなたのゼロ戦、お借りします」 コクピットによじ登った才人は、操縦席に突っ伏した形で事切れている旧日本海軍の パイロットの白骨に向けて、感謝と侘びを込めて手を合わせると、大きく深呼吸を して恐る恐る白骨に手をかけた。 が、飛行帽をはずして理科室でよく見かける石膏細工のような頭骨があらわになると、 さすがに心音が抑えきれる範囲を外れて、しかめた顔を背けたい欲求に襲われた。 「サイトー! はやくしなさいよ」 下からルイズが怒鳴ってくるが、死体に手をかけるというのは覚悟していたつもりでも やはり気が楽ではなかった。親戚のじいさんの納骨に参加したことはあるが、 あのときは火葬後でバラバラだったが、今回はもろに骸骨である。才人は単なる 普通科の学生であって、外科医志望でも生物学者を目指してもいなかった。 それでも、死体といっしょに飛ぶわけにはいかないので、心の中で念仏を 唱えながら、目をつぶって飛行服ごと遺体を翼の上に運び出した。 「すいません、あなたを連れてはいけないんです。お叱りは、いずれ あの世でお受けしますので」 死者への冒涜もはなはだしいが、自分たちも彼と同じところに行くわけには いかないので、心の中で謝りながら遺体を降ろそうとすると、飛行服の ポケットから黒皮の手帳がこぼれ落ちた。 「軍人手帳か……お預かりしていきます」 泥棒みたいだが、いつか地球に戻れるときが来たとしたら、遺族に 返す機会も巡ってくるかもしれない。本当は遺骨を持って行きたいところだが、 それは無理な以上仕方がない。 才人は可能な限り丁重に遺体を降ろしていったが、降りたところで 偶然にも頭骨がころりと回転して、うつろな空間になった目が ルイズを見つめた。 「ひっ!」 「なんだ、怖いのか?」 「ば、馬鹿言うんじゃないわよ! た、たかが死体、動くわけがないんだから」 「気にするなよ、普通は死体が苦手なのが当たり前だ」 普段気が強いだけにびびっているルイズというのは非常に貴重だ。 もちろん、遺体をだしにしてルイズをびびらせようなどと罰当たりなことは 考えていないが、ルイズも骸骨が怖い普通の女の子なのだと再認識 できて、才人はなんとなくうれしかった。 そして、才人は遺体を離れた場所にあった別の日本機の残骸のそばに 鎮座させると、気合を入れなおすように顔を両手ではたいて叫んだ。 「ようし、飛ばすぞ!」 彼が命と引き換えにしてまでも残したこのゼロ戦、無駄にするわけにはいかない。 「それでサイト、これどうやって飛ばすの?」 「ちょっと手間がかかるから、おれの言うとおりに手伝ってくれ。とりあえず、 これを使うんだ」 才人はそう言うと、ルイズにさっき作ってもらっておいた鉄製の金具を 手渡して、扱い方を説明すると翼の上によじ登っていった。 完全な形で残っていた操縦席に乗り込んで操縦桿を握ると、左手の ガンダールヴのルーンが輝き、ゼロ戦の操縦方法が頭に流れ込んでくる。 「さあて、それじゃいくか。ようしいいぞ、ルイズ言ったとおりにしてくれ!」 発進準備を整えた才人は、エンジンのそばで待っていたルイズに合図をし、 ルイズはわけがわからないままだったが、とりあえず言われたとおりに、 そのエナーシャ・ハンドルという器具を言われたところにはめ込んで、 力いっぱい回した。 「まったくもう、どこの世界に主人に力仕事させる使い魔がいるのよ、 普通逆でしょう、がっ!」 イライラを力に変えたルイズが、固いハンドルを小柄な体からは想像 できないような勢いで回していくと、やがてエンジンから大型バイクを 押しがけするような重厚な音が響いてきた。昔のレシプロ機のエンジンは、 ただコクピットからスイッチを入れただけでは始動できず、こうして外から 整備員などに手動で回してもらう必要があるので、最初にゼロ戦に触ったときに エナーシャ・ハンドルが必要だと知っていた才人は、わざわざミシェルに 頼んでいたのだ。 「ようし、いいぞ……」 次第に回転音が強く、さらに安定していき、それが最大限に達した ところで才人は主スイッチを入れて叫んだ。 「コンターク!」 それはコンタクトをなまらせた、接続を意味する単語で、昔のパイロットたちが 皆叫んでいたらしいその言葉に、ゼロ戦は喜ぶようにエンジンを猛烈な 爆音とともに蘇らせた。 「エンジン始動……すげえ、すげえぜ」 栄エンジンが息を吹き返す快い振動を感じ、目の前で高速回転を始める プロペラを見つめながら、才人は伝説をその身で存分に味わい、感動に全身を 震わせていた。むろん当然のことながら、現代のレベルでいえばゼロ戦は 当の昔に実戦では役立たない過去の遺物であり、速度、上昇高度など現代の 戦闘機の足元にも及ばない。 だが、たとえば現代の航空自衛隊の主力であるイーグルなどは知らなくても、 ゼロ戦の名を知らない男子はいない。おもちゃ屋でも、航空機のプラモデルで トップに並んでいるのはゼロ戦をはじめとするプロペラ機がほとんどだ。 ほかにも、一隻で一国を滅ぼす威力を持つ原子力空母や弾道ミサイルを 迎撃する性能を持ったイージス艦などよりも、実際にはたいした戦果を あげられないままに沈んだ戦艦大和が、いまなお圧倒的な人気を誇るのはなぜか? 答えは簡単だ。それらの兵器には現代兵器が強さと引き換えに失って しまった、戦う男の美しさ、その姿を見るだけで心を奪われてしまう、言葉では 言い表せないかっこよさ、戦争の論理うんぬんなどくそ食らえといった 最強のロマンが宿っているからだ! 「よっしゃあ、ルイズ乗れ! いくぞ!」 「だからあんた、さっきから誰に命令してるのよ! 主人はわたしであんたは 犬でしょうが!」 「犬か、上等だ! だったら征空八犬伝といこうか。発進するぞ」 テンション上がりまくりの才人は、犬扱いも全然気にしていない。 これがゼロ戦一機だけだったり、もしルイズとケンカしていたりなどして精神的に 落ち込んでいたりなどしていたら、まだ冷静さを保っていたかもしれないが、 懐かしい地球の香りをたっぷりと嗅いだ上に、全日本男子の憧れを実行 できるのだから燃えないほうがどうかしている。 ルイズを自分の前に座らせると、才人は風防を閉じて操縦桿を引いた。 昔の小柄な日本人の体格に合わせたゼロ戦のコクピットは、子供とはいえ 二人乗りには少々狭かったが、プロペラの回転がさらに上昇し、残骸の あいだに開けた道を滑走し始めると、緊張しながらスロットルをあげて、 一五〇メイルほど加速した後、ぐっと操縦桿を引き込んだ。 すると、重量を相殺するのに充分な揚力を得た翼は、空気に乗るように、 ゼロ戦を再び天空へと押し上げ、銀翼の戦士は新たな命を得て完全に 復活をとげた! 「飛んだ! 飛んだぜ!」 「すごい、こんな鉄の塊がこんな速さで、あんたの世界の技術って ほんとどうなってんのよ」 五メイル、一〇メイルとどんどん高度を上げていくゼロ戦から白亜の 世界を見下ろして、才人は喜びの、ルイズは驚愕の叫びをあげた。 が、のんきに喜んでばかりはいられない。霧の向こうから爆音をも 超えるゴルドラスの遠吠えが聞こえてくると、才人はいまごろみんなが 必死であの強力な怪獣の相手をしてくれているのを思い出した。 「ルイズ、しっかりつかまってろ!」 「えっ、きゃあああっ!?」 急旋回したゼロ戦の遠心力に押し付けられて、とっさに才人に抱きついた ルイズが顔を赤らめているうちにも、ゼロ戦は霧を突き抜けていき、数秒後に 巨大なタンカー船を持ち上げてシルフィードに投げつけようとしている ゴルドラスの前に出た。 「あんなでかい船まであったのかよ、この空間はいったいどうなってんだか」 「言ってる場合じゃないわ、助けないとみんなぺちゃんこよ」 「そうだな、じゃあいくぞ!」 ゼロ戦は旋回しながら加速すると、タンカー船を振り上げているゴルドラスの 右側面から接近していき、距離が三〇〇メートルになった時点で機首から 火線をほとばしらせた。主翼の二〇ミリ機銃は射程が短く弾道が低いので もう一つの武装である七・七ミリ機銃による攻撃だ。 軽快な音とともに放たれた数百発の弾丸は、ゴルドラスの目元に当たって はじき返されたが、やつの注意を引くには充分だった。 「サイト、来るわよって、わあああっ!?」 こっちに向かって投げられた十万トン級タンカーが迫ってくる光景は、 まるで空が降ってきたような圧迫感をともなってルイズに悲鳴をあげさせたが、 ガンダールヴのルーンのおかげでベテランパイロット並の技量を発揮 できるようになっていた才人は、掴み取ろうとした木の葉がひらりと 逃げるように回避すると、ゴルドラスの前をすり抜けて速度を落とし、陽動に 当たっていたシルフィードに並んだ。 「悪い! 遅くなった」 「ダーリン、そ、それ本当に飛ばせたんだ」 「……どういう理屈?」 「サイト、お前ってやつは、すごすぎるぞ」 三者三様で目を丸くしている顔がおかしくはあったが、彼女たちは ゼロ戦を飛ばすまでのあいだ、この怪獣の光線に耐えながら陽動 してくれていたはずなので笑うわけにはいかない。 また、同時に頼んでおいた誘導のほうだが、怪獣の進行方向にちょうど 目的のB-29の残骸が転がっている。傷ついたシルフィードで、 しかもこちらの攻撃が一切効かないこの怪獣を、それでも短時間で きちんと陽動してくれるとはさすが彼女たちだ。 「あの銀色のところへおびきよせろってことだったけど、これでいいのよね!?」 「ああ、上等だ!」 本当に、こんな危険な作戦を引き受けてくれるとは、才人は自分が強く 信頼されていることを感謝すべきであった。そして、向こうが信頼に 応えてくれた以上、今度はこちらの番である。 「それで、おびき寄せたはいいけど、この後はどうするの?」 「もう十分だ、あとはこっちにまかせて離れててくれ!」 「もういいって、あの怪獣をいったいどうするつもりなんだ!」 ゼロ戦の爆音に邪魔されながらなので、キュルケやミシェルと ほとんど怒鳴りあいながら話をしていたが、才人はすでに作戦ができていた。 不愉快なものだが、バリヤーでこちらの攻撃をことごとく無効化できる この怪獣にダメージを与えるには正攻法では無理なのだ。 だが、それまでを説明している時間はなく、撃ちかけられてきたゴルドラスの 雷撃光線を、シルフィードは左に、ゼロ戦は右にととっさに回避した。 もう、ああだこうだと言っている時間はない。才人は意を決すると 機首をゴルドラスへ向けた。 「すげえ怪獣だ、こんなのが地上に現れたらどれほどの被害がでるか」 超能力、怪力、そしてこの凶暴性、生息地が時空界だったことは 幸運というしかない。なので、間違っても自分たちについてアルビオンまで 来てもらってはかなわないので、ここでおいとま願わなければならない。 「ルイズ、ちょっと操縦桿頼む」 「えっ、ちょ、どうすればいいのよ!」 「まっすぐ立てて動かさなきゃいいよ」 簡単に頼むと、才人は風防から身を乗り出し、ガッツブラスターを 取り出して構えた。残弾は少なく、チャンスはただ一回、しかもそれは ガンダールヴのルーンがあるとはいえ神業に等しい。けれど、才人は 自分を信じて全身の力を抜き、ゴルドラスの足元になったB-29の残骸へ めがけてトリガーを引き絞った。 青いレーザーがB-29の銀色の胴体に吸い込まれていき、直後 目を開けていられないほどの火炎が吹き上がってゴルドラスを 包み込んだ。B-29に積み込まれていた六発の一トン爆弾の 一つの信管をレーザーが射抜き、総計六〇〇〇キログラムの火薬と 積載されていた燃料を瞬時に誘爆させたのだった。 ゼロ戦もその爆風のあおりを受けて大きく揺らぎ、才人はルイズの 手の上から手を添えて、機体を失速寸前から立て直した。 これではとてもバリヤーを張る間も無く、ゴルドラスはその姿を 完全に火炎の中に消し去った。 「あ、あわわわ……」 操縦桿を握ったまま腰を抜かしているルイズから操縦を引き継ぐと、 才人はゼロ戦を同じように愕然と見守っていた皆の乗るシルフィードの 隣に並ばせた。 「や、やったわね。すごかったわよ」 「いや、あれで仕留めきれたかどうか……ともかく今のうちにここから 離れようぜ」 小さな町を廃墟にするくらいの弾薬量だったが、相手は怪獣である、 通常兵器で簡単に倒せれば苦労はしない。むろんミサイルやレーザーで 倒せることもあるが、全体のごく一部であって大半はウルトラマンの 光線でも簡単には倒せない頑強さを持っている。 ともかく、爆炎に包まれて向こうもこちらを見失っているであろう今が チャンスだ、ダメージ量を確認できないのは残念だが、怒った怪獣に 追いかけられるよりはましだ。 才人はゼロ戦をシルフィードでも追いついてこれるくらいに速度を調整すると、 並走してゴルドラスに背を向けて離脱していった。 そしてそのすぐ後に、霧を貫いてゴルドラスの怒りの遠吠えが 響いてくると、一行は一様に胸をなでおろして、あの爆発に耐える ような怪獣と戦わずにすんだことを神と始祖に感謝した。 ちなみにこの後、自らに傷をつけたハエ二匹を見失ってしまったゴルドラスは 巣を荒らされたことに怒り狂い、時空界を操る能力をフルに利用して、 メビウスたちのいる地球やハルケギニアとは違った世界に時空界を 拡大させて、巨大な巣を作ろうと画策するのだが、今の時点で才人たち には関係のないことであった。 が、ゴルドラスのテリトリーから離脱して出口を探す才人たちにはさらなる 脅威が襲い掛かってきていた。 「ドラゴン!? いや、また別の怪獣だとお!」 高度を上げて出口を探そうと思ったとたん、雲海から引き裂くような鳴き声 とともに、巨大なワイバーン型の怪獣、あのエアロヴァイパーがこちらにも現れたのだ。 「巨大セイウチ、金色の竜に続いて今度は巨大飛竜なんて、まるで怪獣動物園ね」 「のんきなこと言ってる場合じゃないぞ、あんなのに当てられたらひとたまりもないぜ」 ゼロ戦をひねらせてかわしながら、才人はここが自分の知っているよりはるかに 危険な場所だと焦り始めていた。とにかくまずい、あの怪獣に比べたら シルフィードでさえ荒鷲と小雀だ。アルビオンへの出口を見つけるどころか 速攻でエサ決定だ。 才人は本能的にゼロ戦をシルフィードとは逆の方向に旋回させた。固まっていては いい的の上に、お互いが回避の邪魔になる。それに、シルフィードにとっては 不愉快この上ないだろうが、ゼロ戦に比較してシルフィードは遅すぎる。 そして二手に分かれたこちらに対して、エアロヴァイパーは迷うことなく ゼロ戦をターゲットに選んで攻撃を仕掛けてきた。 「ちぇっ、こっちがハズレかよ!」 シルフィードのほうに向かってくれと考えていたわけではないが、どうも 自分には不幸を呼び寄せる黒い羽の女神がついているように才人は思えた。 とはいえ、女神や妖精には程遠く、飛行機にとっては天敵のグレムリンのように 凶暴だが、なんでか嫌いになれない美少女をひざの上に乗せた贅沢な状態で、 エアロヴァイパーVSゼロ戦の前代未聞の空戦が開始された。 「ぶっ飛ばすぞ、舌噛むな!」 至近距離まで引き付けたエアロヴァイパーを、才人はギリギリで機体を ひねりこませて回避した。 大きさ、速度、火力のすべてで上回るエアロヴァイパーに対して、ゼロ戦が 優位に立てる要素はただひとつ、空中格闘戦、いわゆるドッグファイトでは 世界最強といわれたその身軽な旋回性能しかなかった。 「見たか、図体だけのうすのろめ、ん? ルイズどうした」 「も、もっろ、おとなひく、操縦、しなさいよね」 がどうも、ルイズのほうは急旋回に体がついていけていないようだった。 自分の胸に顔をうずめて目を回している姿は可愛くもあるが、このまま 吐かれでもしたらちとかなわない。 それなのに、何度かわしてもエアロヴァイパーはまるでそれが目的で あるかのように、シルフィードを無視してゼロ戦にばかり攻撃を仕掛けてくる。 「くそ、これもヤプールの策略なのか……?」 まるで自分たちを狙い撃ちにしてくるようなトラブルと怪獣の襲撃には、 その背後に悪意が存在しているのではないかと自然と疑いを持たざるを 得なかった。だが、同時にわずかな違和感も感じていた。それは、自分たち すなわちウルトラマンAを標的にするとしたら間違いなくヤプールしか 考えられないが、ヤプールが才人とルイズの二人がエースだと気づいた 節はいまのところない。 それならば、ヤプール配下の別の宇宙人が独自にということも考えられるが、 これほどの怪獣たちが生息する空間を操れるとはいったい何者が…… 「サイト、来る来る、くるってば!」 しかしそんなことを悠長に考えている暇はなく、襲ってくるエアロヴァイパーを 避けるほうが先決だった。 「やろ、これでも食らえ!」 すれ違いざまに、今度はゼロ戦の主要兵器である二〇ミリ機関砲を撃ち込んだが、 やはり怪獣の皮膚にはまるで通用していなかった。 それを見て、タバサやキュルケも援護射撃をしてくれようとしているようだが、 魔法の射程はせいぜい一〇〇メートル近所のうえに、弾速も銃弾より遅いために とてもでないがエアロヴァイパーを狙うことすらできていなかった。 だがしかし、彼らはエアロヴァイパーがただの飛行怪獣だと思っていたが、実は こいつには恐ろしい能力が備わっていた。再びゼロ戦に突進してきた奴の角が 赤く発光したかと思った瞬間、才人とルイズを乗せたゼロ戦はエアロヴァイパーごと 空間に溶け込むようにして消えてしまったのだ。 「えっ、消えた!?」 「サイト、ミス・ヴァリエール、どこだー!」 「……しまった」 後に残された一行は、二人の乗ったゼロ戦を探し続けたが、ゼロ戦も エアロヴァイパーももう姿を現すことはなく、不気味に静まり返る時空間の中を 虚しく飛び続け、やがて目の前に現れた黒い穴のような雲から脱出に成功した。 まるで、お前たちにはもう用はないと誰かの意思が働いたかのように。 けれど当然ながら、才人とルイズはまだ無事で生きていた。 「くそっ、いったいここはどこなんだ!?」 いきなり怪獣の作り出した不思議な空間に包まれてしまった二人の乗った ゼロ戦は、これまでの白い霧に包まれた時空間から一転して、うっそうとした 針葉樹林の生い茂る、地平線まで続くジャングルの真上を飛んでいたのだ。 「サイト、今度はいったいなにがどうなったのよ!?」 「おれが聞きたいよ! ああもう、行けども行けどもジャングルと岩山ばかり、 これじゃあまるで……」 だが才人は最後まで言おうとした言葉を飲み込んで前を見つめた。 はるかかなたから何か鳥のようなものが飛んでくる。最初はあの怪獣かと 思ったが、一回り小さく、さらに数十匹の群れをなしている。 「あれは……おいおいおい」 近づいてくるにつれ、それが鳥などではなく巨大な皮膜でできた翼を 持った恐竜映画などでおなじみの、代表的な翼竜であることがわかった。 「プテラノドンだ!」 仰天した才人は慌てて群れの進路上にいたゼロ戦を急旋回させた。 プテラノドンの全長は七メートルにも達し、ぶっつけられたらゼロ戦でも あえなく墜落してしまう。 が、プテラノドンの群れは見慣れないゼロ戦の姿をエサ、あるいは 敵だと思ったのか、まとめてゼロ戦を追撃してきたのだ。 「じょ、冗談じゃねえ、おれたちはエサじゃねえぞ」 「ちょっとサイト、あのでかい鳥なによ? プテラノドンってなに!?」 慌てる才人にルイズは怒鳴りつけるが、ルイズの言うとおりにプテラノドン なんかが平然と飛んでいるとは、さすがにハルケギニアでもありえないだろう。 ということはまさか…… 「ルイズ、どうやらおれたち恐竜時代にタイムスリップしちまったみたいだ!」 「って、わかんないわよ! キョウリュウってなに? タイムスリップってなに!?」 「要するに、大昔に来ちまったってことだ!」 「大昔ってどれくらい!?」 「だいたい六五〇〇万年くらい前だ!」 「ろ、六五〇〇万年!?」 考古学などまだ存在しないハルケギニアのルイズには、その巨大な 年数は到底理解不能なものであったが、低空からあらためて地上を 見下ろせば、草原では二足歩行の黒い肉食恐竜と背中に無数の鋭いとげを 生やした四足歩行の恐竜が戦っており、湿地帯ではさすがにゼロ戦の 加速にはついてこれずに置いていかれたプテラノドンの群れが着水して、 牛みたいに巨大なトンボのヤゴをついばんでいる。 これは信じたくはないが、本当に白亜紀かジュラ期の恐竜時代に 迷い込んでしまったみたいだ。二人は対処能力が自分たちの限界を 超えてしまったと感じて、精神内のウルトラマンAに助けを求めた。 〔どうやら、あの怪獣には時空を超える能力があったみたいだな。 私にも一度経験があるが、この時代で我々を恐竜の餌食にでも しようとしているのだろうか〕 「ど、どうしよう。恐竜時代なんて、これならハルケギニアのほうが百倍ましだ」 「こらサイト! ハルケギニアのほうがましってなによ、のほうがって!」 パニックになっている二人はただでさえ狭いコックピットの中で ぎゃあぎゃあと暴れるが、恐竜はそのまま現代に出現するだけでも 怪獣扱いされることもあるくらいに巨大な存在である。地上に下りて 生きていける確率は一パーセントもない。 だが、一度タイム超獣ダイダラホーシによって奈良時代に行った ことのあるエースは比較的安心していた。 〔心配するな、あの怪獣が通った時空間の歪みを探せば追いかける ことができる。私が案内するから、それに従って操縦してくれ〕 「わ、わかった」 才人はともかくエースの誘導に従ってゼロ戦を操縦した。右、右、少し上昇と、 何もないように見える方向へ向かって機首をめぐらせていくと、やがて 白亜紀の空が唐突に消えて、またあの時空間の雲海が見えてきた。 「や、やったあ……」 ほっとした才人は思わず計器盤に突っ伏そうとしてルイズを押し倒す 格好になってしまい、顔を赤らめたルイズにしたたかに顔をはられた。 だが、これこそウルトラ兄弟一の超能力使いで、技のエースの異名をとる ウルトラマンAの真骨頂『時空飛行能力』の一端、エースは時間軸をも 飛び越えることができる! エアロヴァイパーもさすがにここまでは 読めなかったのだ。 ただし、自由に時空を飛ぶためには時空を歪ませている元凶である 怪獣を倒さなければならず、まずは奴を追う必要があった。 〔二人とも油断するな、どうやらあいつは追撃をくらますためにいくつかの 時空を通過したようだ、なにが出てきてもおかしくないから気を引き締めろ〕 「あっ、はい!」 もみじを貼り付けた顔を引き締めて、才人は操縦桿を握りなおした。 次に来るのは古生代か原始時代か、雲海が開けたときにまた アルビオンとは違う太古の空が広がった。 それから後のことは、恐竜時代が主であったが、行く度に死ぬような 目にあった。 ある世界では恐竜を食っていた金色の三つ首の龍と極彩色の巨大蛾の 戦いに巻き込まれかけ。 またある世界では巨大なイモ虫と、どこかの宇宙人が送り込んできたのか、 腕が鎌になって腹部に回転カッターがついたサイボーグ怪獣が戦っていて、 あやうくそいつのバイザー状になった目から放たれた光線に撃ち落され そうになった。 次は大和時代あたりだったので安心かと思えばヤマタノオロチみたい なのが出てくるし、まったく安心できずにどこでも逃げるのに必死だった。 極めつけは、いつの時代かさっぱりわからないが、燃え盛る巨大な 石造建築の都市の中で、ウルトラマンに似た無数の巨人ととてつもない 数の怪獣たち、そして黒い巨人たちによる最終戦争を思わせる戦いの ただ中に放り出されたときである。これはもうタイムスリップというより 完全に別の世界だろと怒鳴りたくなったが、かろうじて出口にたどりつく ことができた。ちなみにこのとき、エースは黒い巨人たちの中に、 どこかで見たような姿を見たような気がしたが、どうしても思い出す ことができなかった。 そしてやっと時空間に逃げ込むと、才人とルイズはまったくいったい 古代ってのはどうなってたんだ、つくづく昔は恐ろしかったんだなあと、 現代に生まれたことを神に感謝するのであった。 〔どうやら次が最後のようだ、そこで決着をつける気だろう〕 「もう……最後にしてほしいです」 「死ぬわ……」 二人とも、行く世界行く世界で悲鳴を上げまくって完璧に憔悴しきっていた。 精神世界からナビゲートするだけのエースが多少恨めしいが、文句を言う 気力も残っていない。 けれども次で最後ならばそこで怪獣を倒せば元の世界に戻れる。 だが、そこで彼らに『次の世界までは襲われないだろう』という油断が 生まれたのは否定できないだろう。気を抜いた一瞬の隙を突いて、 正面からエアロヴァイパーが戻って攻めてきたのだ! 「なにぃっ!?」 とっさに回避したが、油断していたせいで反応がほんのわずかだけ遅れて、 直撃は避けられたが機体が衝撃波を受けて大きく揺さぶられた。 「やろ、こざかしい手を使いやがって!」 直下型地震を受けたように振動する機体の上で毒づいたものの、衝撃波の ダメージはエンジンに及んだらしく、それまで好調に動いていたエンジンが 急に咳き込み始めた。とたんに、急に舵の利きが悪くなり、速度がガタ落ちに なっていく。エアロヴァイパーは後方から反転してくるというのに、これでは もう避けきれない。 しかし、もう変身する以外に手は残されていないと二人が覚悟しかけた瞬間、 ゼロ戦の上を突如現れた三つの影が高速ですれ違っていった。 「なんだ!? あのジェット機は」 振り返った二人の目に映ったのは、見慣れない形の一機の青いジェット戦闘機と、 その左右を固めて飛ぶ二機の赤い戦闘機の姿で、彼らは二人の乗ったゼロ戦には 気づいていないように通り過ぎていくと、その先で待ち構えていたエアロヴァイパーへ 向けてレーザーで攻撃を始めていった。 「味方なのか……? くそっ、エンジンが!」 何者なのか見届けたかったが、咳き込んでどんどん回転数が落ちていく エンジンは機体の自重を支えきれずに墜落を始めた。いくつかのスイッチを 試してみるが、生き返る様子は残念ながらない。こうなったら、せめて どんなところでもいいから地面のあるところに降りてやると、才人は残りの ゼロ戦の浮力を使い切って最後の世界に飛び込んだ。 「今度はいったいどんな世界のどこの時代だ!?」 次元の壁を潜り抜けて出た先には、一面の青空と赤茶けた岩と砂が 延々と続く砂漠が待っていた。またもやアルビオンではなかったが、 とりあえず恐竜や怪獣がお出迎えしてくるような世界ではなさそうだった。 しかし、酷使したエンジンはそこで大きく咳き込んだ後で、事切れるように 完全にプロペラを停止させてしまった。 「あ……」 推進力を失った機体はもはやグライダーでしかなく、いくら安定性に 優れたゼロ戦とはいえ半分墜落に等しい状態で、急速に降下し始めた。 「きゃぁぁぁっ! 落ちる、落ちる、落ちてるぅぅ!」 「黙ってろ! 舌噛むぞ!」 眼下は岩石砂漠、当たったらゼロ戦なんかひとたまりもない。けれど 才人はなんとかゼロ戦を操って、岩と岩の間のわずかな滑走できる スペースに機体を滑り込ませることに成功した。 「不時着成功、ルイズ、生きてるか?」 「あんたといると、心臓がいくつあっても足りないわ」 「まあそう言うな、お前にもらったガンダールヴのおかげで命拾いしたんだし」 才人はほっと息をつくと風防を開いた。ゼロ戦は完全に停止し、エンジンは かかるかどうか、試してみなければわからないが、しばらくは休ませたほうが いいだろう。 「こりゃ直るかなあ……ん、ルイズどうした?」 「サイト、あの建物、なにかしら?」 「え?」 ルイズに指差された方向を見て、才人は思わず息を呑んだ。 そこには、黒焦げになった巨大な金属製の建造物が、薄い煙を上げながら 横たわっていたのである。 一方そのころ、別の空間でもガンフェニックスが再び現れたエアロヴァイパー との戦闘に突入していたが、時空間内を自在に飛び回る奴の機動力に苦戦を強いられていた。 「今度こそ当ててやる!」 一斉発射されたガンフェニックスのビーム攻撃をエアロヴァイパーは下降回避して、 反撃の火炎弾を放ってきた。当然、ガンフェニックスもこれぐらいは回避するが、 一筋縄で勝てる相手ではなさそうだった。 「ちっ! やるな。テッペイ、あの怪獣の分析はすんだのか?」 「アーカイブドキュメントに該当なし、新種の怪獣です。気をつけてください」 エアロヴァイパーはこれまで執拗に攻撃していた101便から、まるで彼らが やってくるのを待っていたかのように、今度はガンフェニックスに対して 狙いを変えて仕掛けてきた。そのすばやい動きにはさしものガンフェニックスと いえどもてこずる。 「よし、こうなったら分離して三方から攻撃だ!」 業を煮やしたリュウがガンフェニックスの分離を決断したとき、エアロヴァイパーの 角が光り、その異常を検知したテッペイが叫んだ。 「リュウさん、時空間が歪曲を始めました。奴は、僕らをどこか別な時空に 送り込むつもりです!」 「なんだと!? くそっ、止めてやる」 「無理です、もう間に合いません。衝撃に備えて!」 その瞬間、ガンフェニックスはエアロヴァイパーによって別の時空間へと 転移させられ、気がつくとどこか見知らぬ荒野の上にいた。 「ここは、どこだ?」 機位を取り戻したリュウはとりあえず周りを見渡した。あの怪獣の姿は いつの間にか消えている。けれどGPSにも反応はないし、フェニックスネストとも 連絡がとれないところを見ると、元の世界に戻ってきたというわけではなさそうだった。 「テッペイ、どうなっているんだ?」 「もしかしたら、あの時空間はただの異次元ではなく、別の時空同士をつないで 行き来することを可能とする、ワームホールに近い性質も持っていたのかもしれません」 「つまり、ここは奴の巣?」 「わかりません。大気組成は地球と同じですが、それよりもなぜ101便を 無視して僕らだけを引き込んだのか……獲物としては、ガンフェニックスとは 比べ物にならないはずなのに」 「そういえば、ジョージさんたちは大丈夫でしょうか?」 「それは大丈夫だと思うよ、出口までの進路は確保したから、まっすぐ 飛び続ければいずれ脱出はできるはずだ」 あの二人の技量ならば、脱出にさして苦労はしないはずだが、 それよりも今度はこっちが脱出に苦労しそうになってきた。 さらにそれもあるが、ミライはかつてボガールをはじめて見たときのように、 あの怪獣の背後にざわめくような悪意を感じていた。もしも、あれが 破壊本能に従って動くだけの怪獣ではなく、何者かの意思を受けた 生物兵器だったとしたら。 「ミライ、なにぼおっとしてるんだ?」 「あ、いえ……ちょっと気になったことがあったもので」 「ウルトラマンの直感ってやつか? お前の言うことはよく当たるからな」 リュウにそう言われてミライは少し照れたが、内心は決して愉快なものではなかった。 この、決して表には出ずに裏で人知れずに糸を引くやり口を、まだ誰にも言った ことはないのだが、ミライにはよく似たものに覚えがあった。 それは今思い出しても夢だったのではと思うのだが、以前奇妙な反応を 探知して横浜へ調査に行ったときに、ミライは世にも不思議な経験をしたのだ。 ”七人の勇者を目覚めさせて、共に侵略者を倒して” そのときの超時空を超えた想像を絶する事件の顛末と、究極の光と闇の 壮絶なる一大決戦は到底筆舌に尽くせるものではないが、この恐るべき 事件の元凶となった存在は、並行宇宙を越えて存在して、複数のパラレル ワールドから強力な怪獣軍団をそろえて攻めてきた。 最終的に時空を超えて結集した七人の勇者の力を合わせることによって 勝利できたが、闇の権化は最後に言い残した。 ”我らは消えはせぬ、我らは何度でも強い怪獣を呼び寄せる。人の心を絶望で 包み、全ての並行世界からウルトラマンを消し去ってやる” まさか、あのとき奴は完全に消滅したはず……それとも、そんなことを するような奴がまだいるとでも? 不安は不安を呼び、さしものミライも 表情を暗くしかけたが、レーダーのアラームとテッペイの言葉が彼を 現実に引き戻した。 「前方に金属反応、人造構造物のようです」 「わかった。降下してみよう」 やがて高度を下げたガンフェニックスの見下ろす先に、完全に破壊された 超巨大な要塞のような建物が見えてきたが、その傍らにはそれにも増して リュウたちを驚かせるものが横たわっていた。 「おい見ろ! あれはさっきの怪獣じゃないか?」 なんと、さっきまで戦っていたはずのエアロヴァイパーが、五体バラバラの 無残な死骸となって砂の上に散乱していたのだ。 「ほんとだ……コンピューターのデータと特徴が完全に一致、同一個体に 間違いありません。生命反応はなし、完全に死んでいます」 「どういうことでしょうか? 僕たちと別れたあとに、何者かに倒された のでしょうか?」 「いや、僕たちがこちらに来てから五分程度しか経ってないはずなのに、 あれはどう見ても死後一時間近くは経ってる」 「なんだって!?」 本職が医者のテッペイが診たてたのだから間違いはないだろう。 五分前に別れた怪獣が、死後一時間経った死骸で見つかる。 この矛盾はいったいなんなのだろうか? 目の前の、破壊された建物と 何か関係があるのだろうか。 「ようし、着陸して調査するぞ。ミライ、テッペイ、いいか?」 「G・I・G!!」 こういうときは、とにかく行動するに限る。リュウはガンフェニックスを 用心のために岩山の影の目立たないところに着陸させると、勢いよく風防を開いた。 この宇宙は、絶対的な単一者の手によって動かされているわけではない それが善であろうと悪であろうと、宇宙が宇宙として存在しはじめたときから、 そこを支配する概念は個ではなく多であった。 それは当然、ウルトラ一族やヤプールをはじめとする数ある強豪宇宙人たちも 例外ではなく、この宇宙におけるハルケギニアという小宇宙にしても、大小多くの 国家が乱立していることからも明らかだ。 そんな中で、世界はアルビオン王国の滅亡か再建か、ヤプールの作戦が 成功するか失敗するか、当事者たち以外の故意、無意識も含めて、遠慮なく 歴史書の一ページに濃いインクで落書きをしようとしていた。 王党派とレコン・キスタをまとめて消し去ろうとしているクロムウェルに率いられた レコン・キスタの空中艦隊は、まるで進路を譲るように晴れていく黒雲のあいだを ぬって進撃していく。 アンリエッタは全軍を率いて、一刻も早くウェールズの元に駆けつけようと ユニコーンに拍車を入れる。 ガリア、ゲルマニアも、今後の流れ次第では即座に軍を動かせるようにと 情勢を観察することに余念がなく、その一方で地理的にもっとも遠く離れた 宗教国家ロマリアは、不干渉を決め込んでいるのか不気味なまでに沈黙していた。 また、国家というマクロの次元のほかのミクロの人々の中でも、魔法学院では 何も知らないオスマンが生徒のいない学院を寂しがり、トリスタニアでは今日も エレオノールがアカデミーで研究に没頭し、魅惑の妖精亭では夜に備えて準備する ジェシカやスカロンたちが忙しく働いて、ガラクタを集めて屋根裏で連日爆発を 繰り返す三人組に怒鳴り声を上げている。 ガリアでは退屈をもてあましたイザベラが、暇つぶしにタバサを呼びつけて 無理難題を吹っかけようかと思ったところで、伝書用ガーゴイルを切らして いましてと言い訳するカステルモールを、なら遊びに行くから用意しな! と 無理に『フェイス・チェンジ』をかけさせて城下のカジノへ出かけていった。 ラグドリアン湖は今日も静かな水をたたえ、噴火が収まった火竜山脈には 火竜や動物たちが帰ってきた。 クルデンホルフ大公国ではベアトリスが新しくできた、同じく来年学院に 入学予定のメイジの少女三人の取り巻きに囲まれて高笑いし、遠く離れた エギンハイム村では人間と翼人の様々な声がにぎやかに響き渡る。 互いの存在を知らないまま、どんな場所でも時間は一瞬も止まることなく 進み続けている。 だがそんな中で、もし一切の目的を持たずにただ破滅だけを望む存在がいて、 その邪魔となる最大の障害を排除しようとしていたとしたら? 表舞台には 上がらずに、影から糸を引くそんな存在がいたとしたら? ハルケギニアの誰一人として知ることもなく、全世界の未来の命運を 懸けた運命のときが、舞台裏で始まろうとしていた。 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔 第十六話 空飛ぶ海月 超空間波動怪獣 メザード 登場! 「あそこが、通報のあった、なんとかって街かい?」 「ああ、ロマリア連合に属する自治領都市のひとつさ。平時であれば、風光明媚な観光地として賑わっているところなんだけどねえ」 「観光地って……これはもう、人が住めるようなもんじゃないだろう。廃墟……いや、街の半分が砂漠になってるじゃねえか」 寒風吹きすさぶ竜籠のゴンドラから見下ろす中、寒々しく痛々しい光景が目に映る。眼下の街は一千年来放置され続けていた かのように荒れ果て、その街を取り囲むロマリア軍の華々しく勇壮な姿とは天と地の悲しい風景画を描いていた。 「次から次へと……大っ嫌いな国だが、どれだけ関係ない人が苦しめられればいいんだ」 才人が、ロマリアに来てから嵐のように続く、無関係な人々が巻き込まれた事件や戦いを思い出し、怒りを込めてつぶやいた。 竜籠に同乗しているルイズをはじめ、水精霊騎士隊や銃士隊の仲間たちも、少し前まで大勢の人々が住んでいたであろう 街の見る影もない惨状に、唇を噛むように押し黙っている。 彼らは今、ロマリア軍とともに首都ロマリアから数百リーグ離れた、ある都市からの救援要請に応えてやってきていた。 シェフィールドとの戦いからすでに三日……それまでの間に、才人たちの身にはいくつものめまぐるしい変化があった。彼らを 賓客として迎えた教皇ヴィットーリオは、その権限を利用して様々な待遇を彼らに与えてきたのである。 ロマリアの聖堂で、殊勲者としてヴィットーリオから直接お褒めの言葉と恩賞を受け取ることになった一行。その中で、教皇が 述べてきた内容は一行を驚かせるのに十分なものであったのだ。 「えっ、お、おれたち、いえわたくしども水精霊騎士隊が、ロマリア聖堂騎士団の一員にですか?」 「いえ、さすがにそこまではできません。聖堂騎士は選ばれた信徒たちの中からさらに選りすぐられた精鋭たちが、厳しい修練と 実戦を潜り抜けてようやく名乗ることを許されるものです。しかしながら、あなたがたの成し遂げた功績と、正義のために我が身を 惜しまぬ献身は、決して聖堂騎士に劣るものではないと私は思います」 「い、いやあそんな。なんともったいないお言葉……このギーシュ・ド・グラモン。教皇陛下のお褒めのお言葉、必ずや祖国で待つ 同胞たちに届けたいと存じます」 「ふふ、まあそんな硬くならなくてもよいですよ。はっきり言えば、適当な褒め言葉だけを言ってごまかせば私はタダですむのですが、 さすがに教皇として狭量を疑われてしまいますからね。そこで、ここは奮発して紙切れ一枚を発行します。私のサインつきで、 あなた方の騎士隊をロマリア宗教庁公認とするのです。ただ、ロマリア軍への命令権や異端審問権などの実権はつけられませんが、 この認定証があれば、あなた方はロマリアのどこへ行っても行動を制約されません。外国から来た方々には聖堂騎士隊は少々 怖がられているところがありますが、これからはあなた方の頼もしい味方となってくれることでしょう」 「すごい! これならぼくらはロマリアじゃ怖いものなしじゃないか」 ギーシュが興奮するのももっともであった。ロマリアにある軍隊の中でも、トラブルを恐れて意図的に避けてきた聖堂騎士は 治安維持も任務に入っているだけに常に高圧的で、従わない者を有無を言わさず異端者と認定して裁ける権限があるために 恐れられている。しかし、教皇の認定証を持っている者を簡単に異端認定することはできない。 少々砕けた言い方をするならば、水精霊騎士隊は意地の悪い風紀委員を気にせずに廊下を走れるフリーパスをもらったようなものだ。 しかし、ギーシュたちは単純に浮かれているが、いくら大戦果をあげたとはいっても、このような特典は前代未聞の厚遇だといえる。 また、そのほかにも教皇は銃士隊も含めて、騎乗用軍馬の優先使用権など大小様々なロマリア領内での特権を与えてくれた。 これは普通に考えて軍の将官クラスの大盤振る舞いである。 当初は、自分たちを厚遇してトリステインへのアピールと恩を売る目的かと思ったが、それにしては自分たちはトリステインでの 地位が高くないから効果は薄い。だとしたら、この過剰な贈り物の意図はおのずとひとつに絞られる。水精霊騎士隊は浮かれていたが、 最初から警戒していた才人やロマリアの実体を忘れていない銃士隊はそれに気がついた。 「これが私からあなたたちへのささやかながらのお礼です。あなた方のような勇士を得れたのはトリステインのまことの幸運でしょう。 それが我がロマリアでなくてうらやましい限りですが、始祖ブリミルの下で我々は平等です。これからも、万民の平和と幸福のために ともに戦おうではありませんか」 やはり、こういうことだったなとミシェル以下銃士隊の隊員たちは社交辞令の作り笑顔の中でうなづいていた。過剰な厚遇は、 こちらに恩を売って、体よく使いまわすための犬の首輪だったというわけだ。これだけの待遇を与えられたら、ありがとうございました さようならとはいかない。先の戦いで利用価値があると踏んできたんだろう。おまけに、こちらの立場から見れば過剰な厚遇だが、 あちらからしてみれば失うものはほとんどないと言ってもいい。 「ははっ、我ら一同、始祖ブリミルのために、すでにこの命を捧げているものであります!」 ギーシュたちは、銃士隊が冷めた目で見ているのも露知らずに、感動に打ち震えて頭をたれている。 この教皇、人のよさそうな顔をしていて中々の食わせ物だと銃士隊の面々は思った。彼女たちにも始祖ブリミルへの信仰心が ないわけではないが、神の加護より自分の力を頼りに生き抜いてきた人生の持ち主であるから、彼らのように無条件に教皇に 信服したりはしない。悪く言えば人を見たら泥棒と思えという心構えが常にあるのであるが、様々な腹黒い貴族や商人や悪党どもを 見てきた彼女たちからしたら、聖人君子の権化ともいうべき教皇は、逆に非常に気味悪いものであった。 「副長、どう思われますか?」 「いけすかないな。言葉面はきれいなものだが、まるで台本を読んでるように心を感じん。小僧どもはそれでじゅうぶん感動できている ようだが、お前たち、気を抜くなよ」 銃士隊は直立不動の姿勢を保ちながらも、銃士隊だけに通じるわずかな仕草のサインで話し合った。やはり全員、あのロマリアの 街の惨状を忘れていないので、ヴィットーリオに対する感情は甘くない。 しかし、いくら胡散臭く感じられたとしても、相手はハルケギニア最高の権力者である。それに、今のところは実質的に敵対してきている わけではない。こちらから敵に回すような真似はつつしむべきであった。それが、自分たちの自由を大きく拘束することになろうともだ。 また、心を許していないのは才人とルイズも同じである。 〔ルイズ、どうだい憧れの教皇陛下にお目どおりした気分は?〕 〔最高ね。あの神々しいお姿と気品に満ちた立ち振る舞い、まさに始祖の代理人たるにふさわしいわ……と、普通なら言うでしょうね。 正直、あなたとテファの言ったことがなければ平伏しているわ。あなたはまだ実感ないようだけど、ブリミル教徒にとって教皇陛下に 拝謁できるということは一生ものの名誉なのよ〕 ふたりはテレパシーで会話していた。才人がある程度自信を取り戻したおかげなのか、この日になって試してみたら回復していた。 ただしまだウルトラマンA、北斗とは何度呼びかけても話をすることはできなかった。まだ声が届かないのか、あるいはあえて黙っている のかはわからないけれど、これは確かな前進なのだと思うことにした。 〔まあ確かに、おれが見ても立ち振る舞いは完璧と言っていいよ。ギーシュたちなんか、あれまあ舞い上がってしまってまあ。 気持ちはわからないでもないけど、これってあれだろ? 上司が酒おごってくれたときは、面倒な仕事を押し付けてくる前触れっての〕 〔嫌な言い方するわね。けど、的を射てるのは認めるわ。これでわたしたちは教皇陛下の元から離れられなくなった。わたしの お父さまも言っていたけど、たちの悪い貴族が部下を使うときの常套手段ね。脅迫したりするより、はるかに強く相手を縛ることが できるわ。ここまで歓待を受けておいて無視したら、忘恩の途と後ろ指を差される。名誉を重んじる貴族に耐えられるはずもないわ〕 才人の皮肉げな言い方にルイズは鼻白んだが、聡明なルイズは頭ごなしに否定はしなかった。むろん、ルイズも敬虔なブリミル教徒の 側面はあるので内心は複雑である。一昔前であれば、教皇陛下への無礼に対しては激怒して才人を殴っていただろう。しかし、 これまでの経験上、人間の姿をしているから人間であると言えなくなっているのも承知している。 〔教皇陛下は、世界中の人間にとって、いわば心の支えともいうべき存在よ。それが万が一ということにでもなれば、どういうことに なるのかわかってるの?〕 〔わかってるつもりだ。けど、だからこそってことがあるだろ? おれたちが戦ってるのは、そういう相手なんだ〕 自分たちの敵は、どんな卑怯な手段を使ってくるかわからない相手だ。人間のありとあらゆる心の隙を利用して迫ってくる。 まさか、もし……そうして疑っておかなくては、どこから浸透されていくかわからない。しかし、今回の場合は怪しいと思っても それをうかつに口に出せないからやっかいだ。異端者の烙印を押されたら、ここではそれはそのまま死刑を意味する。なによりも、 教皇には怪しいところはすでに数多くあるが、少なくとも表面上は聖人君子を演じていることだ。 〔テファがうそをついてるなんて思わないわ。けど、どうやって尻尾を掴むのよ? 少なくとも、立ち振る舞いは完璧よ。怪しいって だけで教皇陛下を疑えなんて、みんなに言えるわけないじゃない〕 この世で一番の悪党は、善人に成りすまして堂々と振舞っている奴だとミシェルなどは思う。例えば以前のリッシュモンがそうだ。 表向きは誠実な法院長として信頼を得ながら、裏ではトリステインを食い物にして私腹を肥やし、大勢の人間を苦しめていた。 リッシュモンのやり口を、教皇がとっていたならどうなるか……恐らく、世界中の人々が夢にも思っていないことだろう。 〔ああ、多分ギーシュたちに話しても笑われるか怒られるかどっちかだろうな。しばらく様子を見るしかねえか……それにしても、 ジュリオの野郎、またニヤケ面でこっちを見下ろしやがって、あれは絶対大悪党の面だ。間違いない〕 〔サイト……あんた本当に個人的な妬みじゃないんでしょうねえ……〕 ルイズは呆れた様子でため息をついた。才人が元気を取り戻しつつあるのはいいのだが、アホさ加減まで復活されるのは どうなのだろうかと思う。いやしかし、鬱状態で真面目一徹なのも気が重くなってめんどうくさいか。 ”結局わたしは、いつもの何も変わらないサイトが好きなのね” なにげなくルイズはそう思った。思えば、才人はいつもいい意味でも悪い意味でも心の支えだった。強い正義感は戦うときの 道しるべになってくれたし、かといって完全無欠とはほど遠いので、共に悩み苦しむこともできた。才人が間違うときはこちらが 叱り付けてやることもできる。 要は、才人は特別であるが特別ではない。どこまでいっても人間なんだということが、皆が才人を慕う理由なんだとルイズは 思った。それは、自らと同じ存在を好み、違う存在を忌避する人間の救いがたい性の裏返しなのかもしれないが、考えてみれば そのことも才人がいたからこそ気がつけたのだ。 ルイズはふと、才人を含む仲間たち全員を見回した。ギーシュたちにミシェルたち、皆は才人がいたからこそ集い、仲間に なることができた。才人がいたからこそ多くのものが得れた。そして、壇上で偉そうにしている教皇とジュリオに対して、 心の中で宣言した。 ”あんたたちがどれだけ外を美々しく飾り立てても、わたしが信じるものは決まってるわ。あんたたちの正体や目的がなんであれ、 いままでどんな悪もわたしとサイトで退けてきた。わたしたちがいる限り、なにを企んでもムダだってことを思い知らせてあげるわよ” ルイズの心には、確かに信じられるものが熱く脈打っていた。これがある限り、どんな策略にだって負けないと思えるだけの 勇気を生み出す力がここにはある。どんな手でも打ってくるがいい。才人といっしょなら、必ず打ち破ることができる。それは、皆だって同じだ。 この後、結果的に才人たち一行はロマリアの客人扱いとしてとどまることになった。むろん、自由は大幅に制限されるが、 やむを得ないのは述べたとおりである。 しかし、自ら足を運んで情報を収集することはできなくなったが、その代わりにロマリアが有する情報収集能力の一端に 触れた彼らの驚きは相当なものだった。むろん全部というわけではなかったが、ハルケギニア中の僧侶に通じているという ロマリアの目と耳の広さは並ではなかった。 しくみを簡単に言えば、僧侶や神官はその土地柄の情報が黙っていても集まってくる。また、秘密保持に熱心な貴族も、 後ろめたいことをすれば良心の呵責から教会に懺悔に来て秘密を吐露する。わずかに触れられただけでも、どこどこの貴族が 賄賂を贈ったとか、浮気を繰り返して家族内がもめているとかまで、身内でもなければ知らないようなことまで、背筋が 冷たくなるくらいであった。 「昔から、ロマリアはこれらを利用してハルケギニアを支配してきたんでしょうね」 「どんな貴族のスキャンダルも手の内とは、ね。これなら邪魔者を消すも操るも自由自在ということか。みんな、ここで見聞きしたことは 絶対に他言無用だぞ。すべてを失うことになりそうだ。それから、ガキどもにも知らせるな。奴らの口は軽すぎる」 ミシェルは、思っていたとおり……いや、思っていた以上の悪さに辟易とした。銃士隊はミシェル以外は、ほとんどが低い 身分の出身で構成されている。世の暗部は嫌になるくらい見てきた。まして、これまでロマリアがしてきたことも思い出されてくる。 荒れ果てたロマリアの街、そして自分たちが入国したことまでわかるほどの徹底した監視体制。たいした神の国である。 けれども、ここに集まってくる情報は、自分たちが足を棒にして一日中走り回ったとしてもその十分の一も得られるかというくらい 密度が高いのも確かだった。悔しいが、なにか理由をつけて出て行ったとしても、手がかりなく行き詰まるだけだろう。 そうした面でもロマリアは狡猾だと言えた。 ここでなら、空を覆いつくした昆虫の群れの正体を探ることができるかもしれない。でなくとも、この広い世界のどこで異変が 起きても即座に察知することができる。そう自分に言い聞かせて待つこと数日、ロマリア宗教庁に異変の報告が入ってきた。 それは、とある街で、突如として建物が崩壊する異常事態が多発し、すでに街の一割に当たる面積が人が住めなくなっているという。 原因は不明、なおも街の崩壊は続いており、至急調査団を派遣してほしいとのことであった。 これに対して、才人たちが敏感に反応したのは言うまでもない。経験からして、常識では考えられない事件の起こるところに 侵略者の影がある。なにかしらの手がかりが掴める一端になるかもしれないので、当然彼らは調査団に名乗りを上げようと 試みた。が、結局用意した懇願書は無用に終わった。 「これは、天災とも悪魔のいたづらとも言える重大な事件ですね。確かあの街には、一万人を超える人々が住んでいたはず。 先の戦いの傷がまだ癒えていませんが、我々は全力を持って救援にあたりましょう。おお、そうです! 我々にはトリステインより いらした英雄の方々がおりました。あなた方にこんな役割を申し付けるのははなはだ不足かと思いますが、こうしているうちにも 家を失っている人たちのために行ってもらえないでしょうか」 教皇の、この要請の形を借りた実質的な命令で、才人たちは調査団として出発することに決められた。だが、ギーシュたちなどは 教皇陛下直々の要請だと無邪気に喜んでおり、実際に渡りに船なのだが、それがかえってミシェルなどには臭く感じられた。 物事が自らの努力なしでうまく運ぶときは、誰かの意思を疑えというのは鉄則である。 意気上がる水精霊騎士隊に反し、銃士隊は出動に懐疑的になった。このまま乗せられて出て行ってよいものか、聖堂騎士が 援護してくれるというが正直なところありがた迷惑であるし、ミノタウロスの住む洞窟にのこのこ踏み込んでいくようなものではないか? が、そうした計算を立てて士気の下がっている銃士隊に才人とルイズは言った。 「行きましょう。ロマリアや教皇は信用できないけど、困ってる人がいるなら助けにいかないと、あとで後悔することになると思う」 「民を守るのは貴族の責務。少なくともわたしはそう言い聞かされてきたし、今はあのアホたちも同じだと思うわ。ミシェル、 あなたたちの危惧はわかるわ。けどわたしたちはもう相手の掌の中にいるのよ。この誘いを断ったら、あっちはいくらでも 難癖をつけてくることができるわ。なら、まだ自由があるうちに、こっちから罠に踏み込んでいくのも手じゃない?」 正義感と、さらに先を見据えた計算がミシェルの心も動かした。もしもアニエスなら、こんなときどうするだろうか。答えは すぐに出た。 「なるほど、罠が待っていても、進まなければなにも得ることはできんな。考えてみれば、すでに罠にはまっているならば 用心しても仕方ないな。だがサイト、スズメバチは食虫植物に食われても、その腹を食い破って飛び出すというが、お前に それだけの覇気があるのか?」 「大丈夫、なにが待ち構えていたとしても、おれがぶった斬ってやる」 才人は威勢よく答えた。むろん、迷いがすべて消えたわけではない。キリエルの言葉は、まだ喉に刺さって抜けない魚の 骨のように残ってチクチクとしているが、それを抜くためには苦しい思いをしても飯を呑み込む必要があると思っていた。 ミシェルも、それを見抜けないほどではない。が、人間にそもそも万全などない。それに、才人ならいざとなればその逆境を ばねにして、より強くなってくれるという信頼もあった。 こうして、様々な不安と期待をはらみつつ、才人たちはすでに出発したロマリア軍を追う形で、謎の建物崩落事件が続いている街へと出発した。 果たして、何が待っているのか。そして、教皇は敵か味方なのか、ここで見極めるつもりでいた。 しかし、ジュリオの案内で到着した目的の城塞都市の荒れようは、浮かれ気分でいたギーシュたちの顔をもひきつらせるのに 十分な凄惨さをさらして待っていた。 「これが街だったってのか。うっぷ、ごほっごほっ」 地上に下り、まだ無事だった街と砂漠の境界上に立った少年たちは、飛んできた砂にむせてせきこんだ。ここに来る前に、その街を 一年前に描いた写生画を見せてもらったが、円形の城砦に囲まれた、トリスタニアを何倍かにしたこぎれいな都市といった様相は消え、 砂嵐の吹きすさぶクリーム色の砂漠に半分が変わっていた。痕跡といえば、わずかに砂丘から突き出た石造りの建物の頭があるだけで、 虫一匹の気配すらない。 「これはひどいな。あのすみません、この街の人たちは、今いったい?」 呆然と惨状を見つめていた水精霊騎士隊の中で、レイナールが同行していた聖堂騎士のひとりに尋ねた。 「ああん? 見りゃわかるだろ。軍隊がぐるっと取り囲んじまってるんだ、とっくに逃げ出して残っちゃいねえよ。ま、どうしても 逃げ出せない可愛そうな奴らとか、つぶれた建物の中にいた連中なら、まだ砂の中にいるかもしれねえが、まあ生きちゃいねえだろうぜ」 その聖堂騎士はいかにも柄が悪そうな感じで答えた。レイナールは当然顔をしかめるが、相手は白髪のちぢれた長髪を 無造作に伸ばした目つきの悪いやせぎすの男で、文句を言うのをはばかられた。 ”まったく、聖堂騎士をつけてくれたのはいいが、ジュリオ以外はまるでゴロツキじゃないか。手がないからって、どこの部隊でも もてあましてるのを押し付けてきたな” 事実そのとおりであった。国がついこのあいだまで戦争だったのだから聖堂騎士団も暇ではない。なにもないときは ロマリアの権威を知らしめるために威圧的に振る舞い、人々から恐れられているが、今はロマリア軍も人手がどこも足りず、 補充人員として引く手あまたであるためほとんどの人員が出払っていて、女子供のお守りに使えるのはこういった嫌われ者ばかりだったのだ。 こいつらは使えんな。と、ミシェルは早々に見切りをつけている。立ち上がりから気をそがれたが、元からロマリアの助けなど 当てにしていないから問題ない。それよりも、事態の把握と解決につとめるべきだ。 「副長、どうします?」 「考えるまでもない。遠くから眺めていても始まらん。砂漠化した市街に入って、手がかりを探す。もし生存者がいれば 話を聞けるかもしれん。いいな」 ミシェルは、この中で論立てで命令をできるのは自分だけだと指示を下した。一応は、ロマリア軍の指図を受けずに行動できる 権限は与えられている。遠慮するのは柄ではないし、そうなると、方向を定めれば一直線のギーシュたちは気合が入り、才人や ルイズも同様だ。聖堂騎士の数名は最初から眼中に入れていない。唯一、ジュリオが騎乗用の風竜を駆り、僕が空から まわってきてあげようかと提案してきたくらいである。 だが、偵察をジュリオに頼むまでもなかった。この街を砂漠にした異変の元凶、それはまさにこのときに現れたからだ。 「あっ、あれは! おいみんな、砂漠の上に、変なものが浮いてるぞ!」 なにっ! と、皆が見上げた先にそいつはいた。砂漠化した都市の上空に、なにかが浮いている。最初はゆらゆらと、 雲が揺らいでいるのか目の錯覚かと思ったが、目を凝らしてみるとそいつの不自然な形が見えてきた。 半透明のビニールのような胴体から、同じく半透明のビニール紐のような触手が何本も垂れ下がって揺らめいている。 その容姿は、才人に地球にもいるある海洋生物の名を連想させた。 「クラゲ……か?」 と、しか表現できなかった。海に詳しくない仲間うちからは、クラゲって何? と怪訝な声が出るのを、海にいるゼリーみたいな 生き物だよと説明するが、一応ここは海ではないし、だいたいクラゲは普通空に浮かばない。 だが、そこにいるのが夢でも幻でもない以上、あれがクラゲだろうと別の何かだろうと同じことだ。 そのときである。唖然としている皆の見ている前で、空飛ぶクラゲが砂漠の上からするするとまだ無事な街のほうへと 飛んでいったと思うや、石造りの堅牢な建物群が一瞬のうちに崩れて砂の山になってしまったのだ。 「なっ、建物が」 まさに一瞬の出来事だった。空飛ぶクラゲが飛んでいくところの街が、ことごとく崩れて無機質な砂の山になっていく。 愕然とする皆だったが、彼らが求めていた異変の答えは、疑うべくもなくここにあった。あいつが、あの空飛ぶクラゲが この街を砂漠にしていた犯人だ! そうに違いない。 敵の正体がわかると、真っ先に飛び出したのはやはり水精霊騎士隊であった。 「探す手間がはぶけた。相手が怪獣ならぼくらの得意分野だ。みんな、張り切れ!」 おぉーっ! と、意気がとりあえずは上がるのがギーシュたちのすごいところである。考えるよりは行動するほうが 性に合っている連中のため、さっきまでその行動ができなかったために腐っていたが、いざ目標が見つかると肝が 座っている。 「レイナール、作戦頼む!」 「相手の高度はおよそ百メイル。残っている建物の中で高いものの屋上から魔法を打ち込もう。うまくすれば、届くかもしれない」 「よしきた! ロマリア軍に先を越されるな。一番槍の名誉はぼくたちがもらった」 行動方針を決めるのも早い。今はほんの数名しかいないとはいっても、彼らも数多くの死地を潜り抜けてきた若き猛者だ。 しかし、猪突の感で戦おうとしている彼らに、勇猛でも思慮深さを併せ持つ銃士隊は当然苦言を呈した。 「待てお前たち! まだ敵の正体もわからないのに、うかつに手を出すな」 「大丈夫ですよ。あいつが犯人なのは一目瞭然だし、あんなフワフワした弱そうなやつ、あっさりと撃ち落してみせますって!」 ギーシュたちは気勢も高らかに飛び出していった。相手が弱そうだから早々に調子に乗っている。まったく、ついこのあいだの シェフィールドとの戦いで散々な目にあったというのにまだ懲りていないのか。ミシェルは呆れたが、かといって頭の中まで ずれてしまったわけではない。 「副長、いかがしますか?」 「バカどもが……我々はこのまま待機、様子を見る」 正体不明の敵にうかつに仕掛ける危なさを彼女たちはよく知っていた。敵がどんなものであるにせよ、こちらは生身の 人間なのだ。一発の銃弾、一筋の傷で死にいたる脆弱な生き物であることに変わりはない。 敵を知り、己を知らばの原則は永遠不滅だ。才人は一瞬ギーシュたちとともに飛び出しかけたが、ルイズに掴まれて 止められ、落ち着きなさいと言われてから問われた。 「サイト、あれも怪獣の一種なの?」 「いや、わからねえ。少なくとも、おれのいた世界じゃあんなクラゲみたいな怪獣は見たことねえよ」 才人は正直に答えた。クラゲ型の怪獣というのは少なからずおり、台風怪獣バリケーンなどいくつかをすぐに脳裏に 再生したが、どれも姿が大きくかけ離れており、なおかつ建物を砂にするという能力を持つやつは聞いたこともない。 少なくとも、自分の地球にはあの怪獣は出現したことはないといっていい。まったく未知の怪獣だ。 「だけど、どう見てもおとなしくてかわいいって感じじゃないよな」 左手にデルフリンガーの柄、右手に懐のガッツブラスターに手をかけて才人は思った。あの怪獣、クラゲそのもののフワフワした 体にどんな恐ろしい能力を秘めているのかわからないが、戦わなければこの街だけでなく世界中が砂漠に変えられてしまう かもしれない。 ギーシュたちが走り、ロマリア軍も敵の存在に気づいて動き出した。また、役立たずに見えた聖堂騎士団のごろつきたちも 戦わないなら目障りだと、ミシェルが尻を蹴飛ばして向かわせた。あんな連中でも一応は聖堂騎士になった男たち、それなりに 強いだろうからいないよりはましだ。 数分と経たずに、メイジを中心にした対怪獣包囲網は完成した。高度百メートル程度をフワフワと揺らめきながら、行く手の 建物を砂に変えていく。その前方の進路を読んで布陣がおこなわれ、我こそは先鋒をと争った結果、偶然にもほぼすべての 部隊や兵が同時に攻撃を開始した。 「撃て!」 号令一過、数百人のメイジが空の敵を目掛けていっせいに魔法を発射した。系統は問わず、一番槍だけを争った結果、 威力も種類もバラバラの攻撃だが、数がものすごいだけに威力は誰が見ても桁が外れている。ファイヤーボールが、 エア・ニードルやジャベリンなどでたらめに混ざり合い、奔流となって空飛ぶクラゲへと向かう。 だがそのとき、誰もが目を疑うことが起こった。 「なにっ! 魔法が、すり、抜けた?」 多数の魔法攻撃が確かにクラゲのシルエットと重なったのを誰もが見た。しかし、ビニールのように千切れるかと思われた クラゲはその半透明の体をそのままに、攻撃だけが反対側に抜けてしまったのだ。 「は、外したのか? もう一度だ」 自分の目を信じられない彼らは再度攻撃を放った。結果は完全に再現された。 二度に渡り、城ひとつを消し飛ばすのではないかと思われるくらいの魔法の弾幕。それが、確かに命中しているはずなのに 空飛ぶクラゲには何の変化も見られない。 バリアか? いや攻撃は確かに当たっているはず。ならば魔法に耐性でも持っているのかと、才人もガッツブラスターを 構えて狙いをつけ、あきらめ悪く放たれた第三波の魔法攻撃と同時に撃ち放った。 だが、ガッツブラスターのレーザーを持ってしても結果を変えることはかなわなかった。 「どうなってるんだ!」 「弾が全部奴の体を突き抜けてしまうぞ!」 三度目の正直、もはや驚愕するしかなかった。幻なのか実体がないのか。空飛ぶクラゲはこちらの攻撃にまるで動じずに 何事もなかったかのように浮いている。そして、確かにそこに存在している証だとでもいうかのように、クラゲの漂う先にある 建物がひとつ、またひとつと砂に変えられていってしまっていた。 「くそっ、止まれ! 止まりやがれっ!」 いくら撃ってもクラゲは止まらない。しかも、クラゲは攻撃が当たらないばかりか、ふっと姿が掻き消えたかと思うと、一瞬にして 数百メートル離れた別の場所に移動してしまっていたのだ。 あの怪獣は蜃気楼みたいなものなのか? しかし、確かにそこにいるのだという存在感はある。 だがそのとき、ルイズが杖を高く振り上げながら叫んだ。 「サイト、目を伏せて!」 「ルイズ、お前あれをやる気か!」 「ええ、狙って当てられないなら逃げ隠れできないだけ吹き飛ばしてやるわ。久しぶりに大きいのいくわよ」 ルイズは凶暴な笑みを浮かべて宣言した。才人は慌てて手で目を覆う。手加減をしなくていいときのルイズは味方に対しても容赦がない。 振り下ろされた杖から魔法力が解放され、虚無の破壊魔法が天空に炸裂した。 『エクスプロージョン!』 解放されたエネルギーがルイズの頭上を中心に、音速を超えて炎と衝撃波を空一面にばらまく。 光芒、続いて大気を揺るがすしびれが肌に伝わってくる。 相も変わらずすさまじい威力だと才人は思った。魔法という、この世界の人間が持つ超情的な力の中でも伝説とうたわれる ルイズの虚無の力、制約も厳しいが、心置きなく発動された場合のパワーは地球の近代兵器もかすむほどのでたらめさを誇る。 直撃すれば怪獣にでも致命傷を与えられるエクスプロージョン。理屈はわからないが物理法則も無視して対象を破壊する こいつを爆風だけでも食らえば、どんな怪獣でも少なからぬダメージは免れない。だが、裏を返せば…… エクスプロージョンの光芒が収まり、空がまた夜のような漆黒の色に戻る。ギーシュたちやロマリアの兵たちは、突如として 天空を覆いつくし、かつなぜか自分たちにかすり傷ひとつ負わせなかった爆発の輝きで焼かれた目を回復させると、まだ うすぼんやりとするその視界を空に向けた。 そして、失望と落胆を味わった。 「まるで変わってない。なんて奴だ!」 空飛ぶクラゲはエクスプロージョンの炎の中から平然と姿を現した。ダメージなどカケラも見えない。 だが一番落胆していたのは当然ながらルイズだった。そんな、馬鹿な……渾身の力を込めていただけに、がくりとひざを折って、 とび色の瞳を苦しげに伏せて荒い息をつき始める。 「ハァ、ハァ、精神力のムダ撃ちをさせてくれたわね……」 「お、おいルイズ、大丈夫か!」 「なんの、これしき平気よ。けど、エクスプロージョンを受けて無傷なんて、まずありえないわ。あの空飛ぶクラゲ、たぶん幻よ。 実体がないからなにをやっても効き目がないんだわ。けど、向こうもこっちに攻撃をかけてはこれないはず……」 と、ルイズが言った矢先だった。空飛ぶクラゲの傘の頭頂部から赤紫色の光弾が放たれ、ルイズに襲い掛かったのだ。 「ルイズぅ!」 才人はとっさにルイズを抱きかかえて飛びのいた。クラゲの放った光弾はふたりのすぐ脇をかすめ、砂地に当たって爆裂し 大量の砂をふたりの頭上に降り注がせる。 「うぐぐっ、ルイズ大丈夫か?」 「ゲホッ、あ、ありがと。あ、あんたこそ大丈夫なの!」 「少なくともお前よりは頑丈だよ。それより、あのクラゲ野郎、攻撃をすり抜けさせられるくせに自分は攻撃できるのかよ。 インチキにもほどがあるぜ畜生」 魔法もダメ、現代兵器もダメ、とっておきの虚無も通用しない上に向こうは攻撃し放題では勝負にもならない。 あのクラゲはいったい何者なのか? 単にクラゲといってもいろいろおり、よく知られているミズクラゲや毒クラゲの代表的な カツオノエボシのほかにも、数え切れない種類がいる。中には強力な生命力を持ち、不死といわれるものや再生細胞の研究に 使われていたりもするし、そもそも先祖は何億年も前から存在していたりと、多くの生き物にとって偉大なる先輩と言えるのである。 伊達にクラゲ型怪獣が強豪ぞろいというわけではない。 だがしかし、あの怪獣はクラゲに似ているが別の何かというほうが正しそうだ。空中をフワフワと移動しながら進行方向の 建物を砂に変え、近づく兵士たちに怪光線を浴びせて撃退していく。今のところ、その侵攻を止められる手段はなにもなかった。 いや、手はいくつかあるにはあるが、試してみたところでそれが効く確信はどれもない。 「キャプチューキューブで閉じ込めるか? いや、バリアもあいつならすり抜けられかねない。それに、一分ばかり閉じ込めた ところでどうにもなりゃしない。くそっ、どうすれば。ルイズ?」 「サイト、いったん引くわよ」 「えっ?」 才人はルイズの口から逃げるという言葉が出て、一瞬戸惑ったがルイズは平静に言葉を続けた。 「相手の手の内が見えない上に、こっちの打つ手がこれ以上ないんじゃどうしようもないわ。それに忘れたの? わたしたちは ロマリアの手の中で踊らされてるのかもしれないのよ。ここで全滅したら、それこそ黒幕の思う壺じゃない。どうせ街には もう人間は残ってないわ。さもないと、ほんとにみんな砂の下に埋もれることになるわよ」 ルイズの言葉で才人ははっとした。そうだ、頭に血が上って忘れていたが、これはただの戦いではなかった。ルイズの言うとおりだ、 このまま戦い続けても状況が好転する見込みはない。すでにみんな魔法を使うための精神力が切れ掛かっているはずだ。 気がつけば、勇ましく戦っていたはずのギーシュたちの姿が見えない。恐らく、相手の攻撃で散りじりになって反撃するどころでは ないのだろう。 それに、耳を澄ませば風に乗って才人の名前を呼ぶミシェルたちの声が聞こえてくる。いつのまにかはぐれてしまったようだが、 呼び声に「逃げろ」や「撤退」の言葉が切れぎれに入っているところから、銃士隊も撤退を決めたらしい。残念だが、あのクラゲは 今の自分たちの手に負える相手ではなかった。 「ちくしょう、かっこわるいな。たかがクラゲに尻尾巻いて逃げなきゃいけないなんて」 「なに言ってるの。わたしこそ、今日まで温存してきたエクスプロージョンを無視されて誇りもないもあったもんじゃないわ。 この借りはいずれ百倍にして返すんだから。それまで、わたしたちは絶対に倒れちゃいけないのよ」 あのプライドの高いルイズがそれを押し殺している。才人は誇張抜きで感心していた。 今は、ルイズの言うとおり引くしかない。たとえ屈辱を背負って、街ひとつを見殺しにしなくてはいけないとしても、だ。 駆け出す才人とルイズ。砂嵐の吹きすさぶ砂丘を越えて、まだ残っている街のほうへ。 見れば、攻撃を繰り返していたロマリア軍の魔法も見えなくなっている。あらゆる攻撃が効かない相手に、彼らもとうとう戦意を 喪失してしまったようだが、それを臆病とそしることはできまい。 ふたりは、仲間たちがどこにいるのかもわからないままかろうじて生き残っていた街にたどり着いた。街はすでに黄土色に 染まり、なかば砂にうずもれかけている。まるで、エジプトの風景だなと才人は思った。 あとはこの砂だらけの街路を一直線に進めば、街から脱出できる。振り返ると、不規則な軌道で漂っていたクラゲがこちらの ほうへ向かって飛んでくる。 「まったく、運がないわね。サイト、あんたのせいじゃない?」 「おれの不幸はお前に召喚されたときに使い果たしたよ。あとはのきなみお前のほうだ。善良な一般市民を巻き込むな」 互いに憎まれ口をたたきながらも、才人とルイズは急いだ。あと少し、街を脱出できれば皆とも合流できるだろう。 必死に走るふたり。空飛ぶクラゲはゆっくりながら、ふたりのすぐ背後へと迫ってくる。ロマリア軍ももう退却を決めたのか 攻撃の手が見られない。例えるなら、大海の中で鮫も鯨も恐れずに漂うクラゲのように、奴は不可侵で無敵だった。 だが、街の出口の門が見えてきたそのときだった。荒れ果てた商店街を駆け抜けていくふたりの耳に、隅の路地の奥から 子供の泣き声のようなものが聞こえてきたのだ。 「まさか……」 ふたりは、本当にまさかと思いながらも自然に足を路地の奥へと向けていた。 声の主はすぐに見つかった。路地の奥、貧しい町人の住まいと見えるあばら家の窓から、ベッドに横たわる老いた女と その傍らに寄り添って泣く子供の姿が見えたのだ。 「なんで!」 どうして街にまだ人が!? という疑問がふたりの頭に浮かび、次いで聖堂騎士の男の台詞を思い出した。 『どうしても逃げ出せない可愛そうな奴らとか』 しまった、とふたりは激しく後悔した。あのときしっかり聞いていれば、この街が完全に無人になったわけではないことに 気がついていたはずなのに。逃げたくても、病気で逃げられない人もいることに頭が回らなかった。痛恨のミスとしかいえない。 「助けなきゃ!」 「ああ!」 迷いなどなかった。考えるより先に足が動き出していた。 しかし、ふたりの志を現実はあざ笑うかのように破滅の足音は迫ってくる。 あばらやに飛び込み、子供と老女を救おうとしたとき、建物を砂に変えるクラゲがついに彼らの頭上へとやってきてしまったのだ。 「サイト! 崩れるわ」 「ルイズ、外に!」 「テレポート、間に合わない。きゃあぁぁっ!」 「ルイズぅぅっ!」 崩落する建物、頭上から降り注いでくる無慈悲な土砂。それが目前に迫ったとき、才人は老女と子供をかばうルイズの上に かぶさり、自らが盾になって守ろうとした。 むろん、守りきれるわけがない。全員そろって生き埋めの末に圧死するしかない。 だが、才人はそんなことは考えなかった。ただ、守らなければ、守りたいとだけ純粋に願った。 そしてそのとき、才人とルイズの手が重なり、ふたりのウルトラリングがまばゆい輝きを放った! 光が闇に満ち、廃墟の街に立ち上がる。 しかしそれを、冷たく見守り、愉快そうにせせら笑う影があった。 「ふっふふ……まさに思惑通り。さて、あなたにも協力してもらいますよ。我らのために、聖戦遂行のための小道具としてね……」 続く 前ページ次ページウルトラ5番目の使い魔
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第百十一話「永遠(とわ)なるイーヴァルディ」 邪悪生命体ゴーデス 迷子珍獣ハネジロー 登場 ルイズの“虚無”の魔法の力を目の当たりにして、一旦は飛んで去ろうとしたビダーシャル。 しかし眼下のアーハンブラ城が突然崩壊し、巨大生物が出現したことには、普段は冷徹なほど 落ち着いている彼も唖然とさせられた。 「な、何だあれは……」 風石の力で高度を保ったまま、巨大生物――ゴーデスを観察する。城を下から破壊して 出てきたということは、城の地下に潜伏していたということだろう。あんな巨大なものが。 「全く気がつかなかった……一体いつから……」 思案するビダーシャル。エルフである自分は、自然そのものといえる精霊の力と契約して、 その「声」を聞くことが出来るが、真下にあんなものが隠れていたということは、精霊は教えて くれなかった。いや、精霊もあの存在を感じ取れなかったのか。 大地の精霊に問えば、近くに怪獣が潜っていればすぐに分かる。その精霊でも感知できなかった ような異常な怪物が、自分の戦いのすぐ後に出現した。これは偶然だろうか? ふとビダーシャルの脳裏に、才人が叫んだ「ガリアは怪獣を操っている」という言葉がよみがえった。 「……」 冷や汗を流しながら、ビダーシャルはゴーデスの触手が届かないくらいの距離の地点に降下していった。 「ひいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!」 ギーシュ、マリコルヌ、モンモランシーの三人が自分たちの面前にそそり立つ巨大な怪物、 ゴーデスを見上げて悲鳴の合唱を上げた。これまで幾度も怪獣を見てきた彼らであるが、 この距離はものすごく危険だ。ゴーデスが少し触手を伸ばせば、彼らなど簡単にペシャンコに 出来るだろう。 「タバサ! タバサはどうなったの!?」 一方でキュルケは、あくまで友のことを案じ、狂ったように叫んでいる。それにウェザリーが、 ゴーデスにおののきながら答えた。 「さっきの兵士たちは、あの怪物の肉の中に呑み込まれていったわ。ということはタバサと 彼女の母親も同じように……」 「そんなッ! タバサたちは無事なの!?」 「そこまでは分からないわ!」 ゴーデスは触手の一本を振り上げ、キュルケたちに叩きつけようとする! 「ゴオオオオオオ……!」 「この怪物ッ! タバサを返しなさい!」 ゴーデスに杖を向けるキュルケだが、ウェザリーがそれを慌てて抑えた。 「落ち着きなさい! 敵うはずがないわ!」 「逃げろぉぉッ!」 才人の絶叫を合図に、一同はクルリと反転して全速力で逃走し始めた。直後に、彼らのいた 場所に触手が叩きつけられる。 しかしゴーデスのサイズに対して、才人たちはあまりに小さい。どんなに走ったところで、 すぐに追いつかれてしまう。そこで才人はルイズをギーシュとマリコルヌに押しつけた。 「ルイズを頼む!」 「頼むって、きみは!?」 「俺は奴の気を引きつける! その間に逃げてくれ!」 言うが早いや、才人は再び反転して、デルフリンガーを握り締めてゴーデスに突っ込んでいく! 「うおおおおおおッ!」 「ああッ!? な、何て無茶をッ!」 ギーシュたちが止める間もなく、才人はゴーデスの左側へ回り込むように駆けていく。 ゴーデスはそちらに顔を向けて、ギーシュたちから目を離した。 「くッ、彼の献身を無駄にしてはいけない! みんな、全力で逃げるんだぁ!」 才人が気を引きつけている間に、出来るだけ遠くへ逃げようと必死に足を動かすギーシュたち。 だが、囮となった才人に触手が無慈悲に振り下ろされた! 「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!! さ、サイトぉぉぉぉぉぉぉッ!!」 絶叫する仲間たち。ゴーデスは再び目を彼らに向け、触手を伸ばしてきた。まだその間合いから 逃れられてはいない。 「も、もう駄目だぁぁぁぁぁッ!」 どう考えても逃げるのは間に合わない。絶望するマリコルヌだが、その時に空の彼方から 猛スピードで飛んでくる一つの影が。 「きゅいーッ!」 「あれは! シルフィードぉ!」 シルフィードであった。宿で待機していたのだが、異常を察知したことで怪我を押して 助けに来てくれたのだ。 ギーシュたちは全員シルフィードの背に乗り、シルフィードは飛翔。間一髪のところで ゴーデスの触手から逃れられることが出来た。 「あ、危なかった……」 「でも、サイトがッ!」 モンモランシーが叫んだその時、ゴーデスの正面に人型の何かがぐんぐんと巨大化して立ちはだかった。 「セェアッ!」 「あぁッ! ウルトラマンゼロだぁッ!」 それはウルトラマンゼロ! 才人はすんでのところで変身を行い、難を逃れていたのだ。 「デヤッ!」 「グギャアアアアアアアッ!」 これ以上の狼藉は許さないと、戦いの構えを取るゼロ。対するゴーデスも全部の触手を振り上げ、 ゼロを迎え撃つ姿勢を見せた。 『くッ、まさかとは思ったが、ホントに出てきやがるとはな……ゴーデスッ!』 ゼロはゴーデスの出現に内心おののいていた。彼はかつてゴーデスと、宇宙の命運を懸けて 戦い合ったウルトラマングレートからどういう生物なのかを聞いていた。 あらゆるエネルギーを食らい、細胞は別の物質や生命体に憑依、融合することが出来る。 ゴーデスはその能力で次々に怪獣を生み出し、最終的には宇宙の全てをその身に取り込んで しまおうとしたという。そこらの怪獣、宇宙人とは格が違う強大な相手だ。 『だがどうも様子が妙だな……生気を感じねぇぜ』 ゼロには一つ、疑問があった。ゴーデスは知能レベルも高く、グレートと対等に対話をしたと 聞いている。だが今目の前にいるのは、ひと言も言葉を発しないどころか身体に活力が今一つ 感じられない。まるで誰かに動かされているよう……ゾンビか何かのようであった。 「グギャアアァァァッ!」 ゴーデスは両眼から赤いレーザーを発して、様子を窺っているゼロに攻撃を仕掛けてきた! 『ちッ、気にしてる暇はねぇか!』 咄嗟にレーザーをかわしたゼロは、拳を握り直してゴーデスを迎え撃つ姿勢を取り直した。 そこに才人が問いかける。 『ゼロ、タバサたちがどうなったか分からないか!?』 『ちょっと待ちな……!』 ゼロが透視を使った結果、ゴーデスの体内にたくさんの人の影があるのを確認した。その内の一つが、 体格からしてタバサだとゼロは判断した。 『やっぱり、ゴーデスの中に呑み込まれちまってるぜ! まだ生きてはいるみたいだが、 早くどうにかしねぇとどうなっちまうか分かったもんじゃねぇ……!』 「ゴオオオオオオオオオ……!」 ゴーデスが振り回してくる触手を打ち払うゼロ。 「シェアァッ!」 反撃にエメリウムスラッシュを発射。ゴーデスの胴体の中心に命中するが、ゴーデスに 効いた様子は全くない。……いや、そのエネルギーが吸収されてしまったようだった! 「グギャアアアアアアアアアッ!」 「ゼアッ!」 ゴーデスのレーザーを拳で弾きながら懐に飛び込み、拳打を繰り出す。しかしいくら打ち込んでも、 これもまるで手応えがなかった。 ゴーデスは衝撃まで吸収できるようであった。 「テェェェェヤッ!」 一足飛びで下がったゼロはワイドゼロショットを撃ち込んだ。だがこれも効果が見られなかった。 『何て奴だ……攻撃のエネルギーを全て吸収しちまってる! 攻撃が効かねぇんじゃ倒しようがねぇぜ!』 驚愕するゼロ。あらゆるエネルギーを食らう、というのが伊達ではないことを見せつけられた。 このままでは、時間が経つほどに追いつめられるだけだ。 『それにただ倒すだけじゃなく、タバサたちを奴の内部から救い出さねぇと……』 『大丈夫なのか、ゼロ!』 『ああ、こういう時に有効な手が一つあるぜ』 そう言ったゼロは、才人に尋ねかけた。 『だがかなりの危険がある。才人、お前にもつき合わせることになるが、覚悟はいいか?』 それに才人は即答した。 『タバサが助けられるのなら、何だって怖くないぜ!』 『へッ、今更だったな。よぉしッ!』 ゼロはウルティメイトブレスレットから青い光を発し、ルナミラクルゼロに変身した。 『才人たちが命を懸けて戦ったんだ! 俺も命懸けるぜッ!』 そしてゼロは地を蹴って宙に浮き上がり、ゴーデスめがけまっすぐ飛んでいった! 「ゴオオオオオオオ……!」 ゴーデスは青い怪光を放ち、ゼロを球形のバリアの中に閉じ込める。しかしゼロはそのまま 飛んでいき、ゴーデスに突っ込んだ! その結果、ゼロがゴーデスの体内に消えていった。 「うわあああああ―――――――! ゼロまでが奴に呑み込まれてしまったぁぁぁぁッ!」 ギーシュたちは絶望の悲鳴を発す。が、キュルケとウェザリーはゼロの行動をしっかりと観察していた。 「いえ、むしろ自分からあれの体内に入っていったようだったわ……」 ゼロがゴーデスの体内に消えると、ゴーデスの動きがピタリと止まった。 キュルケの言った通り、ゼロはルナミラクルの超能力で自分からゴーデスの内部に入り込んだのだった。 外からではどうしても倒せないゴーデスを内部から突破し、同時にタバサたちを救出する。奥の手の パーティクルナミラクル作戦だ。 『ぐぅッ! 何て圧力だ……!』 だがゴーデスは内側もそう簡単にはいかなかった。内部にはゴーデスの吸収したエネルギーが 充満しており、それがすさまじい圧力を生じている。ウルトラ戦士の強靭な肉体でも苦しいほどであった。 更には、怪獣の幻影がゼロに襲いかかる。 『キイイィ! キイイィ!』 『グギュウウウウウウウウ!』 『なッ!? こいつらは……うおぉッ!』 キングザウルス三世とシルバゴンの幻影がゼロに食らいついてきて、彼の精神力にダメージを与える。 『ギャアアァァァ――――!』 『パア――――――オ!』 更にアイロス星人、トドラ、ベル星人、ヴァリエル星人の幻影が押し寄せてきて、ゼロに激突した。 『ぐぅあああッ!』 これらの幻影は、ゴーデスが怪獣たちに最も接してきたタバサの記憶を読み、再現したものであった。 タバサが苦しんできた記憶が今、ゼロにも牙を剥いて彼を苛んでいるのだった。 『キュオォ――――――――!』 『キュウッ! アァオ――――――――ッ!』 『ブモォ――――――――!』 『くっそ! このぉッ!』 キュラノス、ガーゴルゴン、カウラの幻影にゼロは拳を突き出して反撃する。だがこの怪獣たちは あくまで幻影。そんなことをしても君が傷ついていくだけだ! 『ギャアオオオオオオウ! オオオオウ!』 『キャア――――!』 『ぐぅッ……! こんなことしてる場合じゃねぇってのに……!』 テレスドンと再生ドラコの幻影に押し込まれ、うめくゼロ。この空間のどこかにタバサたちが いるはずだが、絶え間なく襲い来る怪獣たちの幻影に阻まれ、見つけ出すことが出来ないでいた。 そうしている間にも、ゼロのエネルギーはどんどんと消耗していく……! ゼロと一体化している才人も、自分のあらん限りの力を振り絞り、ゼロを助けようとしていた。 『頑張れ、ゼロ……! ここまで来たんだ……! 絶対タバサを助けるんだ!』 才人の心にあきらめはなく、どれだけ怪獣の幻影に苦しめられても立ち上がって力を出し続けた。 外では、動きを止めたゴーデスをシルフィードに乗ったギーシュたちが固唾を呑んで見下ろしている。 「一体どうなってしまったんだ……。ゼロは無事なのか?」 「うぅん……」 その時、体内でのゼロの戦いの気が精神を通じて影響を与えたのか、ルイズが目を覚まして 身体を起こした。 「あッ、ルイズ! 気がついたか!」 「い、一体どうなったの……? タバサは助けられたの……?」 起き抜けに首を振って問いかけたルイズに、モンモランシーが手短に答えた。 「それが怪獣が現れて、城の人たちを呑み込んじゃって……ウルトラマンゼロが出てきたんだけど、 彼も呑み込まれちゃったの!」 「ええ!?」 急激に目が冴えて、ゴーデスを見下ろすルイズ。彼女は、あの中でゼロが戦っているのだと いうことを直感で理解した。 (サイト……) 自分の魔法はもう打ち止めだ。ルイズは才人とゼロの無事と勝利を祈り、ぎゅっと両手を 握り締めた。 その頃、タバサはゴーデスの体内に力なく漂っていた。自分の記憶がゼロへの攻撃に利用 されていることも知らず、光を失った瞳で呆然と宙を見つめる。 (ああ……わたしは、ここで終わりなんだ……) タバサの心を支配しているのは、絶望と諦観だった。こんな状況に陥ってしまったら、 助かる手段なんてあるはずがない。タバサは最早抗うこともせず、ただ流されるままにいた。 同時にこれまでの自分の足取りを振り返る。 今の自分の始まりは、ファンガスの森から。ファルマガンを失い、二度と何かを失わないことを 心に誓って「シャルロット」の名を捨てた。そしてひたすらに戦い抜いた。それもこれも、自分の 身代わりとなって心を壊された母を救うため。自分は先ほど読んだ『イーヴァルディ』のような 勇者になろうとした。 でも出来なかった。所詮、自分はその程度の人間だったのだ。ほどなくして、母も消えて しまうのだろう。彼女の献身も、自分の努力も、全ては無駄だったのだ……。 もうこんな無力な自分が生きていても、仕方ない。タバサはこれ以上何もせず、自分が 消え去る時をただ待っていた……。 シオメントは、イーヴァルディに尋ねました。 『おお、イーヴァルディよ。そなたはなぜ、竜の住処へ赴くのだ? あの娘は、お前をあんなにも 苦しめたのだぞ』 不意に、タバサの耳にそんな文句が聞こえてきた。 「……え?」 暗闇に閉ざされていたタバサの瞳に、光が戻る。今のはどこから聞こえてきたのか。今のは…… 自分が朗読していた『イーヴァルディの勇者』の一節ではないか。 幻聴だろうか? イーヴァルディは答えました。 『わからない。なぜなのか、ぼくにもわからない。ただ、ぼくの中にいる何かが、ぐんぐんぼくを 引っ張っていくんだ』 もう一度、はっきりと聞こえた。 同時に、宙の彼方の一点に、温かい光が瞬いたかのように見えた。 あの光は何だ。ともに聞こえた『イーヴァルディの勇者』の内容はどういうことなのか。 『ルーを返せ』 『あの娘はお前の妻なのか?』 『違う』 『お前とどのような関係があるのだ?』 『なんの関係もない。ただ、立ち寄った村で、パンを食べさせてくれただけだ』 『それでお前は命を捨てるのか』 イーヴァルディは、ぶるぶると震えながら、言いました。 『それでぼくは命を賭けるんだ』 まさか……あの光は、『勇者』なのだろうか? イーヴァルディのように、自分を助けに来てくれた? ……そんなはずはない。必死に頑張っても母を助けられなかった無力で無価値な自分のために、 誰が命を賭けてくれるというのか。 ファンガスの森に現れた銀色の巨人――ウルトラマンのように、自分を助けてくれる『勇者』。 心のどこかでいつも待ち焦がれていた。しかし、それが今になってやってきて、自分を救い出して くれるなんて都合の良いこと、あるはずが……。 イーヴァルディは竜に向けて剣をふるいましたが、硬い鱗に阻まれ、弾かれました。竜は爪や、 大きな顎や、噴き出す炎で何度もイーヴァルディを苦しめました。 イーヴァルディは何度も倒れましたが、そのたびに立ち上がりました。 光が、どんどんと大きくなっていく。 タバサは思わず、そちらに向けて手を伸ばしていた。 いつの間にか心から絶望が消え、希望が溢れていた――。 「パムー」 『ん!?』 ゼロは突然あらぬ方向に首を向けた。そちらから、タバサの声――タバサの朗読の声が聞こえたのだ。 『才人……!』 『ああ、俺にも聞こえた!』 二人は内容を知らないのだが、『イーヴァルディの勇者』の文章が延々と聞こえてきていた。 タバサが朗読した際のものの再生であった。 それとともに、宙の彼方に光の輝きが見えた。 『――うおおおおおおおおおッ!!』 ゼロは反射的に、幻影を振り切ってそちらへ向けて飛び出した。小さな光へ向けて手を 伸ばしながら突き進んでいくと、光が大きくなっていく。近づいていく。 『才人、手を伸ばせッ!』 ゼロに言われたように、才人も光に向けて精一杯腕を伸ばした――。 タバサの視界に、こちらへ向けて飛んでくるゼロの姿が映った。 その姿には、才人が重なっていた。 「――タバサぁぁぁぁぁッ!!」 勇者――。タバサは心で感じた。 タバサの腕を、ゼロの手――才人の手の平が掴み取った! 『もう大丈夫だよ』 イーヴァルディはルーに手を差し伸べました。 『竜はやっつけた。きみは自由だ』 「セェェェェェェェェアァッ!!」 ゴーデスの頭頂部が噴火したかのように炸裂! 遅れてゴーデスの首、胴体も粉砕された! それとともに飛び出してきたのは、ウルトラマンゼロだった! 「……やったぁぁぁぁぁぁああああああああああああッ!!」 一拍遅れて、事態を把握したルイズたちは大歓声を発した。 ゴーデスが消滅し、シルフィードは地上へ降り立つ。周囲には、ゴーデスの内部から解放された 兵士たちが転がっていた。結局眠ったままの彼らは、自分たちの身に何が起きていたのかも知らないのだろう。 「タバサは! タバサはどこ? サイトも無事かしら……」 キュルケを始めとして、タバサたちの姿を捜して辺りを見回していると……彼女たちの 望んでいない者が近寄ってきた。 「……よもや、このような事態になるとはな」 ビダーシャルであった。ルイズたちは仰天し、咄嗟に身構える。 「何よ! まだやろうっていうの!?」 杖を構えるルイズだが、ビダーシャルにその意志はなかった。 「勘違いするな。我は真実を確かめに来ただけだ。……お前たちは言ったな、蛮人の国が 怪獣を操っていると。それは真だと、お前たちの崇拝するものに誓って言えるか?」 ルイズは胸を張ってその問いかけに答えた。 「もちろんよ! 今の見たでしょ? 偶然出てきたなんて都合のいいこと、あるはずないわ。 あんただって、さっきサイトに言われたことが気にかかったからこうして戻ってきたんでしょ」 「……」 「悪いことは言わないわ。ガリアとは手を切りなさい。後悔してからじゃ遅いわよ」 ルイズの忠告に、ビダーシャルは淡々と返答する。 「……我の目的は、シャイターンの復活を阻止すること。それだけは、何としても譲りはしない」 「あんたねぇ……!」 「しかし」 と、ビダーシャルは言葉を区切る。 「……あの蛮人の王は、更に別の災厄を呼び込もうとしているのかもしれぬ。シャイターンの末裔よ、 我はお前たちには何があろうと味方はせんが……彼との協定には、慎重にならねばならぬようだな」 それだけ言い残すと、ビダーシャルはローブの裾を翻して、ルイズたちの前から立ち去っていった。 「……えーと、要するにどういうことだね?」 「ガリアとは場合によっては手を切る、ってことでしょ」 「回りくどい言い方するなぁ」 キュルケに尋ねたギーシュがぼやいた。 「そんなことより、今はサイトとタバサよ。一体どこに……」 ルイズがそう言った時、城の瓦礫を踏み越えて、才人が彼らの元に舞い戻ってきた。 「おおサイト! 生きてたか!」 「このヤロー心配させやがって全く!」 ギーシュとマリコルヌと同様にルイズも一瞬顔を輝かせたが、すぐに眉間に皺を寄せた。 才人は、その両腕の中にタバサを抱え上げていたからだ。 「あっちにタバサの母親らしい人もいる。運んできてくれ」 ギーシュたちに頼む才人の姿を見つめ、ルイズはムッと顔をしかめた。 タバサを抱きかかえる才人……その構図が、お姫さまを助け出した勇者のように見えたからであった。 こんな時にまで嫉妬を覚える、仕方のないルイズであった。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 「宇宙の果てのどこかにいるわたしの下僕よ! 神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ! 私は心より求め、訴えるわ! 我が導きに応えなさい!!」 ハルケギニア大陸に存在するトリステイン王国の王立魔法学院2年生の行事である使い魔召喚。 この儀式の日、トリステインの名門貴族たるヴァリエール家の三女であるルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが 高々と呪文を唱え、使い魔召喚魔法『サモン・サーヴァント』を発動した。 途端に巻き起こる大爆発。立ち昇る土煙で学院の中庭にいた者たち全員が身体を伏せたり顔を覆ったりした。 そして土埃が収まっていくと、銘々が中庭の中央、爆発の中心地に出現していた「それ」を発見した。 「な、何これ!?」 「こんなの見たことないぞ!」 「ルイズ、一体何を呼び出したのよ?」 ルイズの召喚を見守っていた生徒たちから声が上がる。一方召喚主のルイズもまた、 事態を呑み込めずにただただ呆然としていた。 「……これ、何……?」 ルイズの目の前に現れたのは、彼女が望んだドラゴンやグリフォンとかとは丸で異なる、 そもそも生物としての形すらしていないものだった。人が一人スッポリ収まるくらいの 大きさの赤い球体だったのである。 かつて、ある次元の宇宙に浮かぶ「地球」という星に暮らす人類は、 たくさんの恐るべき怪獣や宇宙からの侵略者の魔の手に脅かされていました。 人類には強大過ぎる外敵たちによって彼らの命が奪われそうになった時、 遠い星からやってきた巨大なる光り輝くヒーローたちが彼らを助け、凶悪な怪獣たちを撃退してくれました。 人類はこの救世主たちを礼賛し、こう呼んで称えたのでした。「ウルトラマン」と……。 そうして長い時が流れ、人類は大宇宙へ進出。地球に怪獣が出現することはなくなり、 ウルトラマンは伝説に語られる存在となりました。 しかし地球が存在する次元とは違う、別の次元のハルケギニア大陸がある星に今、 大いなる脅威が人知れず忍び寄っていたのです。 これから、あなたの目はあなたの身体を離れて、この不思議な時間の中へ入っていくのです……。 ウルトラマンゼロの使い魔 プロローグ 『……きろ』 赤い光に包まれた空間の中で、どこからか仰向けになって眠っている少年に呼びかける声がした。 この少年の名前は平賀才人。特徴がないのが特徴とでも言うべきで、簡単に言えばどこにでもいるようなごく普通の高校生男子だ。 『おい、起きろ……』 「ん……」 再び才人に呼びかける声がしたが、才人は閉じた目蓋をピクリと動かすだけだった。すると、 『起きろっつってんだよ! いい加減目ぇ覚ませッ!!』 「うわぁッ!?」 声が怒声に変化し、驚いた才人はガバッと起き上がった。 「あれ……ここは……?」 目覚めた才人はまず周囲を見回し、自分が不可思議な空間にいることを理解した。 「ここはどこなんだ……? 確か俺、鏡みたいなものをくぐって……」 『やっと起きたか。ねぼすけな奴だぜ』 困惑する才人の目の前に銀と青と赤の三色で構成された肉体を持つ巨人の姿が投影された。 頭には刃物のようなトサカが二つ並んでおり、目つきが若干鋭い。これを見た才人が大いに驚く。 「うわぁぁッ! あんた誰だ!?」 『人に名前尋ねる時は、まず自分から名乗るのが礼儀ってもんだろ?』 巨人に諭され、才人はひとまず落ち着きを取り戻して名乗った。 「俺は平賀才人。地球人だ」 それから、今度は巨人が名乗りを上げた。 『俺はゼロ! ウルトラマンゼロ! ウルトラセブンの息子だ!』 「へぇ、ウルトラマン……えぇッ!?」 ゼロという巨人の言葉を聞いた才人が再び驚愕した。ウルトラマンといえば、 かつて地球を長きに亘り様々な脅威から守ってくれた伝説の戦士の名だ。 地球人である才人ももちろん彼らのことは知っている。そして今目の前の巨人は、 確かによく見てみればウルトラマンの特徴をしっかりと持っていた。 ウルトラセブンの息子と名乗った通り、昔写真で見た赤い光の戦士、 ウルトラセブンの面影が見て取ることが出来る。興奮した才人はついこんなことを口走った。 「本物と会えるなんて! サ、サイン下さい!」 『……この状況でそんなこと言うなんて、のん気な奴なんだな』 ゼロは才人にあきれていた。確かに今はどう見てもサインなんて状況ではない。 我に返った才人は恥ずかしくなった。 『それに、俺は今からお前にサインなんかよりもっと重要なものをやるんだぜ』 「え?」 ゼロがつけ加えた言葉に才人が呆けた。が、そのすぐ後に自分の置かれている状態に気が回って慌てて質問をぶつける。 「い、いや、それよりここはどこなんだ!? 俺は一体どうなっちまったんだ!?」 問いかける才人にゼロは彼をなだめる動作をした。 『まぁ落ち着け。順を追って説明してくから』 「わ、分かった……」 そう言われて才人が口を閉ざす。 『まず、この俺、ウルトラマンゼロはある事情から地球やウルトラの星がある宇宙とは 別の宇宙で仲間たちと一緒にウルティメイトフォースゼロっていう宇宙警備隊を作って、 その宇宙の平和を守る日々を送ってた。そんなある日、故郷の光の国からこんな連絡があったのさ。 「宇宙と宇宙の狭間で大規模な次元震が起こり、大いなる邪悪の気配がある次元の宇宙に侵入した」ってな』 「そ、その大いなる邪悪ってのは……?」 『残念だがそこまではわからねぇ。で、そのままほっといたらその宇宙の生命が全て滅ぼされてしまうかもしれないってことになったんで、 別の宇宙での活動の経験がある俺が調査も兼ねて問題の宇宙へ出発したんだ。けどこれがまた大変な旅でよぉ。 何せ位置情報が次元震の観測で得られたデータしかねぇんだ。見つけるのに苦労したぜ』 「はぁ……」 ペラペラしゃべるゼロに才人は若干呆然としていた。ウルトラマンは神聖で厳かというイメージを抱いていたが、 このゼロというウルトラマンはかなり砕けた話し方をする。 『そんな訳でこの宇宙にたどり着いたんだが……ここで問題が起こっちまったんだよ……』 「その問題って?」 『……』 ゼロが一旦黙り、こう言い放った。 『宇宙に突入した瞬間……妙な力に身体が引っ張られちまって……お前と衝突しちまったんだよ……』 「へ……?」 ゼロのひと言で、才人の顔が青ざめる。 「じゃあ、俺の身体は……?」 『……粉微塵』 才人の気が遠くなった。 『おい! しっかりしろ!』 「そ、そんなぁー!? 俺、死んじまったのかよ!? 嘘だろ!? まだやりたいこといっぱいあったのに! 彼女だってまだ作ってないのに!」 『落ち着け!!』 メチャクチャ取り乱す才人をゼロが一喝した。 『そう心配するな! このことには俺にも責任がある。だから、俺の命をお前にやる』 「え? 命をやるって……?」 『俺たちウルトラマンには他の生物と一体化し、命を共有する能力がある。俺と一心同体になることでお前は蘇るんだ。 そうすりゃ、お前自身の命が戻る日もきっとやって来るぜ』 「そ、そうなのか。よかったぁ」 とりあえず死ぬことはないことが分かり、才人は安堵した。 『俺もこの星じゃ、このままの状態を保つことが出来ないみたいだからな。持ちつ持たれつって奴だ。 じゃあ話が決まったところで……』 ゼロが才人に青いサングラスのようなものを渡した。 「これは?」 『ウルトラゼロアイだ。こいつを顔に当てりゃ、お前の身体から俺に変身することが出来る。 怪獣や宇宙人とかが出てきて、もうどうしようもなくなったって時に使いな。俺が片づけてやる! あ、光線銃としても使えるぜ。トリガーと発射口はそことそこだ』 使い方を説明するゼロ。変身アイテムってこういうものなのかと感心する才人だが、 あることに思いが至ってガバッと顔を上げた。 「そ、そうだ! 別の宇宙とか言ってたけど、もしかして俺も!?」 『ようやく気がついたのかよ。そうだ、お前はどうやらある奴に呼ばれて、地球から遠く離れた違う宇宙の星に移動してきたみたいだ。 その途中で俺とぶつかったんだな。今この空間の外は、その星の大地だ』 「えええええ!?」 三度仰天する才人。ゼロは構わずに話を続けた。 『お前はこれからこの星で生活してかなきゃならねぇ。否応なくな。俺もこの星には来たばっかだから、 詳しいところはこの星の奴に聞いてくれ。言葉は通じるみたいだ。じゃあそろそろ外に出すぜ。 上手いことやってけよ』 「ち、ちょっと待ってくれ! まだ心の準備が……!」 懇願する才人にゼロが言い聞かす。 『心配するなよ。いつでもどこでも、この俺が側にいる。才人、お前は一人じゃないんだ!』 そして、才人はトリステインの地に降り立った。 「あんた誰?」 気がついたら、自分の顔を女の子がまじまじと覗き込んでいた。才人はこう答えた。 「誰って……。俺は平賀才人」 こうして、別次元の王国トリステインに召喚されてしまった少年才人と、彼の主となる少女ルイズ、 そして才人と一心同体になったウルトラマンゼロの物語が幕を開けたのだった。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔